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 事前に準備しただけあり、大阪での会談は成功に終わった。出張全体を考えたら成功と言っていいのかはわからないが、我が社にとってプラスの方向に動いたのは間違いないだろう。帰りの飛行機にて、私はそっと隣の彼に話しかけた。

「弧爪社長、昨日のことは……」
「ああ、秘密にするよ。客と一緒の部屋で寝たなんて知れたら大変だからね」

 彼の答えに安堵のため息を吐く。もし彼と一緒の部屋で寝たことが知られでもしたら、私は彼の担当を外されてしまうことだろう。それを嫌だと思うのは、彼とは昔の知り合いというアドバンテージがあるからだろうか。それとも、別の何かが私を彼との取引に繋ぎとめているのだろうか。彼はふと私の方を見て囁く。

「二人だけの秘密だね」

 それはどういう意味ですか、と尋ねる前に彼はアイマスクを着けて寝る体勢に入ってしまった。残された私は一人、呆然とした頭で機内放送を聞いていた。今、彼はどういうつもりでこの言葉を言ったのだろうか。


 東京に帰ってきた私を待っていたのは更なる営業活動だった。既に契約をしている彼に、我が社の別のプランも勧めろと言うのである。少なからず彼に申し訳なく思いながら、私は該当のプランのプレゼンテーションを作成した。最初の時は先輩も一緒にいたから、一人でやるのはこれが初めてだ。私は彼のレンタルオフィスへ行き、事前に練習したプレゼンテーションを披露した。プレゼンが終わると彼は黙り込んでいたが、私の視線を受けようやく口を開いた。

「……うん、本当におれが苗字さんと知り合いじゃなきゃ契約切ってたかも」
「へっ!?」

 これは彼によるダメ出しだ。何でもストレートに言う彼がこんなに婉曲的な表現をするのは意外だった。そもそも既に獲得している顧客にさらに営業をかけようという上の戦略もおかしいのだ。私は自分のプレゼンを棚に上げ、上層部を責める。恐らく彼は私のプレゼンのあまりの下手さに恐れをなしたのだろう。

「おれに好かれててよかったね」

 彼が私の顔を見てそう言うものだから、私は何も言えなくなってしまった。結局営業は失敗で、上司に睨まれたけれど私はそれどころではなかった。彼の言葉が、気になって仕方ないのだ。