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 朝侑と顔を合わせたが、いつものように挨拶をすることができなかった。ホテルへ行ってから、私は侑との距離感を測りかねている。ホテルへ行ったことでぎくしゃくするなんて、まるで本物のカップルのようだ。私達はあくまでミホとタイキをくっつけるための仮のカップルであり、本命はその二人である。私は早速教室でミホに話を聞きに行こうとした。すると、入った瞬間にふと視線を感じた。不思議に思いながらもミホの元へ行くと、ミホもやはり不安そうな顔で私を見ていた。

「名前、噂なっとるよ……」
「噂?」
「侑と学校から堂々とホテル行ったって」

 私は絶句した。部活帰りのミホに姿を見せることは、同じく午前の部活が終わった稲荷崎の生徒へ見せつけることと同義なのだ。駅の近くのホテルにしたことも相まって、私達はミホどころか学校中の人に見られていたようだ。

「ミ、ミホも見てたん?」
「私は直接見んかったけど、ちょうどタイキと会って二人がホテル行ったらしいって聞いた」

 私はタイキを恨んだ。一緒に私達を見つけて尾行させるはずが、タイミングが合わずミホと落ち合った時には私達はホテルに入ってしまったのだ。私はあんな思いまでしてホテルに入ったというのに、これでは骨折り損だ。所々から飛ばされる視線に私と侑は何もしていないのだと大声で言いたくなる。実際はしそうになったけどそれは何かの間違いだ。とにかく、私達はホテルに行くような仲ではないのだ。

 昼休み、私は侑を連れ出して中庭で弁当を食べた。侑と進展について話したかったし、彼女が彼氏を食事に誘うのは何らおかしくない。「おっ、どしたん?」と笑っている侑を叩いてやりたい気持ちになりながら二人きりになれる場所まで来ると、私は弁当を広げた。

「聞いた? 私達の噂」
「ああ、広まっとるみたいやな」
「最悪や! ついでにミホとタイキは尾行デートにならへんかったみたいやし、これじゃ計画失敗や!」

 侑はパンにかぶりつきながら、「失敗ではないんちゃう?」と悪びれもせず言った。これのどこが失敗ではないのだろうか。ミホとタイキはデートをせず、私は学校から即ラブホテルに行く女ということにされている。

「大体タイキもタイキや! 尾行デートするように言っといたのに、何で後から合流しとんねん! ミホ誘って見に行かなあかんやろ!」
「いーや、タイキは計画通り上手くやってくれたと思うでー?」

 私はパンを咀嚼しながら軽い口調で言う侑を睨んだ。ミホとの連携は私が、タイキとの連携は侑がしている。そもそも侑がタイキに計画をきちんと伝えなかったからこうなったのではないだろうか。

「侑、適当言ったんとちゃうやろな」
「俺はちゃんとやったで? ていうか計画したんも俺やし。ずっと前から計画練ってタイキに協力してもろてるわ」
「はあ? 協力してるんはこっちやろ」

 私が指摘すると、侑は満足そうに笑って「ふふ」と言った。大方言葉狩りをする私を面白がっているのだろう。ウインナーを食べていると、「名前」と名前を呼ばれた。

「好きやで」
「な……」

 侑がこんなことを言うなど、嘘かからかっているしかありえないのに動揺してしまう自分がいる。今回は、本当に侑が私のことを好いているかのような自然さがあった。

「ここにはミホも誰もおらんのやから、カップルのフリせんでええんやで?」
「せやな」

 侑は相変わらずパンを食べ続けている。読めない奴だと思いながら、私は玉子焼きを口に入れた。仮ではなく付き合っている侑がどれくらい優しい男なのかは知らないが、普段の性悪な侑に付き合ってやれるのは私くらいだろう。私は弁当を食べ終えると、次の計画を練り始めた。

「次はな、やっぱ外堀埋めるのがええと思うねん」
「外堀埋められとるんは誰やろなぁ」

 侑は所々会話の流れを無視してからかってくることがある。私はため息を吐いてから、ミホとタイキをくっつけるための計画を披露した。