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「お、久しぶりだな」
玲王は来客を見て相好を崩した。凪ならば無条件に通すように言ってある。凪は感情を悟らせない顔で玲王のデスクまで近づき、堂々と宣言した。
「俺は玲王の言う通りにはならないよ」
玲王は口角を上げる。苗字の作戦が知られたのだ。玲王はすぐさまそれを察知した。だがバレたところで不都合はない。凪と苗字は、既にそういう仲であるはずだ。
「安定しないサッカー選手でどう養ってくんだ? 俺の会社に来るなら特別なポジションを用意してやる」
玲王は両手を広げた。今までのどのプレゼンテーションよりも大事な正念場だ。御影コーポレーションの未来は凪の選択にかかっていると言ってもいい。しかし凪は、普段通りの落ち着いた声で言うのみだった。
「サッカーで成功し続ければいいだけでしょ。俺はサッカーで養ってくよ」
数秒の沈黙があった後、玲王は「ちぇっ」と息を吐く。こうなった凪は頑固だ。玲王がどう言おうと会社に入ることはないのだろう。苗字を使った作戦は失敗である。
「まあ凪なら三つ子でも養えるだろうよ。頑張れよ」
玲王は諦めて手を振った。凪はきょとんと首を傾げる。
「子供いないけど」
その言葉に玲王は大袈裟に反応した。
「あいつ子供作らなかったのか!?」
作戦では、子供を妊娠するところまで行くはずだった。道半ばにして凪に作戦が知られてしまったのだろう。それでは成功するはずがない。肩を落とす玲王に対し、凪が言いづらそうに声をかけた。
「苗字さんの好きな気持ちを利用しただけだよね?」
「あ?」
玲王が顔を上げれば、凪はきまりの悪い様子で視線を逸らしている。要するに、苗字の凪を好きな気持ちは嘘ではないのかと聞きたいのだろう。玲王は作戦を持ちかけた時の苗字の表情を思い出す。いい年をして青くさいことを言っている二人に辟易した。
「そーだよ。心配しなくてもベタ惚れだっつーの」
「そっか」
凪は嬉しそうな様子である。照れたような顔を見ながら、何故自分の利益にもならない恋愛の後押しをしているのだろうと思った。
「ほら帰った帰った。俺は忙しいんだよ」
凪は素直に出口へと歩く。しかしドアに手をかけた瞬間振り向いた表情を見て、玲王は「フン」と鼻を鳴らした。
「ありがと、玲王」
本当に、恥ずかしいくらい青くさい奴らだ。玲王は書類に視線をやったが、頭に入らなくて嘆息した。