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「助けられる気のない人を、助けるにはどうしたらいいんだ」

 練習場の地面に長い影を落としながら、伏黒が尋ねた。虎杖がそちらを見ようにも、伏黒は無表情に対戦をしている二人を見ているだけだった。


 始まりは伏黒が中学を卒業するかという頃のことだ。

「残穢で苦しんでいる人の呪いを祓ってほしいんだ」

 五条はそう言って伏黒を連れ出した。やってきたのは、郊外にある二階建てのアパートだった。建物は新しく、呪霊がはびこっているようには見えない。訝しむ伏黒の前に、その人は現れた。

 彼女――苗字名前は、二十代後半の女性だった。これから伏黒が「綺麗な女の人」と言われて想像するのはきっと彼女になるだろうという、独自の雰囲気をまとっていた。彼女をより特別にしたのは、どこか仄暗さを秘めた瞳だった。この人の中には触れてはいけない深淵がある。そのような気配が、彼女により惹きつけさせた。

「この子が、その」

 事前に話は通してあったらしい。彼女の言葉に、五条が頷く。

「ああ。役に立てるかはわからないけど」

 そう言うなら自分がやればいいのに、と思ったが、五条はすぐに去ってしまった。残された伏黒は彼女の家に上がり、簡単な自己紹介を受けた。それから当時中学生に流行っていたアニメの配信を二人で観た。伏黒はそのアニメに興味なかったが、伏黒に見せることで彼女が満足しているらしいので黙っていた。結局、その日は日が暮れる前に帰された。

「いくらアンタでも俺を馬鹿にしすぎだ。どこに呪いがあるっていうんだよ」

 後日、伏黒は五条に突っかかる。五条はまるで想定していたかのように、間接的な言葉をつらつらと並べた。

「子供の方がよく効くこともあるんだよ。特に心の傷はね」

 その一言で、彼女が呪霊、もしくは呪詛師の被害から立ち直れていないのだと理解した。祓って終わりではないのだ。残穢とはそういうことか。

 理解したところで伏黒にできることはなく、彼女はただ伏黒と静かな時間を過ごした。積極的に手を伸ばそうとすると、彼女はその手をやんわりと退けた。一度正面から見据えたらどこまでも吸い込まれてしまいそうな暗黒が、彼女の目には映っていた。


「それはまあ、伏黒がその人に生きる気力を与えてやればいいんじゃねえの?」

 かん、と真希の呪具がヒットした音が響いた。伏黒の隣で、虎杖は練習場の中心を見ていた。こういうことを、簡単に言えてしまうのが虎杖の凄い所だ。だが長年悩んでいた手前、他人に一度言われた程度で納得できない。「ああ」と気のない返事をすると、今度は虎杖が対戦を買って出た。

「次、俺!」

 その姿を見ながらふと考える。五条は何故虎杖ではなく、伏黒を彼女に紹介したのだろう。数か月の差で、虎杖は高専に来たのに。

 考えても無意味な気がして、伏黒は頭を振った。