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 同じ頃、名前は高専を訪れていた。理由は言わずもがな、伏黒とのことだ。

「この仕事、五条くんがわざと仕向けたんでしょう」

 人のいないベンチに座って、五条を見上げる。

「わかる?」

 五条は少しの懐古を滲ませていた。名前がレイプされたのは、禪院甚爾が高専内に侵入した時のことだ。当時高専生だった名前は、禪院甚爾が五条と戦うまでの僅かな時間に被害を受けた。

「まあ、僕なりに責任を感じてたからね」

 五条は遠くを見やる。

「僕じゃ貴女を救えなかった」

 五条が救えなかったのは、それだけではない。親友も、この手からすり抜けていった。湿っぽい心を隠すように、五条はおどけた声を出す。

「だって名前さん、僕のことを好きにならないんだもん」

 確かに、男性関連で傷付いた心を癒すには男性で上書きするのがいいのだろう。五条は優しい声で続けた。

「恵はきっと名前さんを救えるよ」

 名前は口元だけで微笑んだ。五条は伏黒が名前を救えると思っている。つまり、名前が伏黒を好いていると思っている。そのことを、名前は否定しない。

 二人が思い出しているのは、名前のレイプ事件から半年が経った頃のことだった。様子を窺うように会いに来た五条は、繋ぎのように伏黒の話を出す。

「僕が面倒見てる子、例の人の子供なんだけど凄い似てないんだよね。名前さん気に入ると思うよ」

 十年近くの歳月が経ち、伏黒が名前の元へ派遣されだした頃、名前は言葉を返した。

「凄く真面目ね。誠実すぎて、生き辛そう。私に似ている」

 高専の木々を風が揺らす。名前が立ち上がると、五条も門の前まで送って行った。


 次に彼女のアパートを訪れた時、彼女は壁を向いて正座していた。もうアニメも洋画も観る気がないようだった。互いに覚悟を決めているのだ。先に言葉を発したのは、彼女だった。

「私が何か言ったら、恵くんは私の言うことに絶対従ってしまうから」

 彼女はそこで言葉を切った。伏黒は、体を縛られたかのように動けないでいる。これから伏黒の運命が決まる。伏黒は存在してもいいのか。彼女を好きでいても、いいのか。

「今まで言わないようにしていた。でも、それを承知の上で言うね」 

 彼女は目線を挙げた。伏黒が喉を鳴らす。

「恵くんは自分の好きに生きていいの」

 それは優しい言葉に見せかけて、実に厳しい宣告だった。被害者の彼女が会うのは嫌だとか、逆に会ってもいいと言うならば伏黒は何も考えずその通りにできる。でも自分の好きなように生きるならば、全責任は伏黒にかかる。彼女が望んだ通り、伏黒は苦しむことになる。

 伏黒は「ハッ」と笑い、苦悶とも自嘲ともとれる表情を浮かべた。

「じゃあ俺はアンタを好きでいる。せいぜい苦しめ」

 彼女は眉を下げた。受け入れているのか、悲しんでいるのかわからなかった。お互いに好きになってしまった伏黒達は、もう苦しむしかないのだ。彼女は過去を思い出して、伏黒は自責の念に駆られて。

 二人共禪院甚爾に苦しめられている。禪院甚爾のせいで、繋がっている。これが呪いでなくて、何なのだろう。