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 夜のプールに、飛び込む音がする。夜の岩鳶高校に入れると言い出したのは遙だったけど、じゃあ泳ごうと言ったのは私だった。

「泳いだらそういうことを思い出すんじゃないのか」

 自分も水着を着ているくせに、遙はしかめっ面をしている。私は水面から顔を上げ、遙の方を見た。手を招けば、遙もプールに飛び込む。

「だから遙が上書きして」

 水中を移動した遙が、私の前に立った。私は遙の肩に掴まり、水の中に浮く。自分の力でも浮いていられたけれど、どうも遙に頼っていたい気分だった。

「私が泳いでももう怖くないように」

 水を挟んで、肌が触れ合う。空中で触れ合ったこともまだないから普通はどうなのかわからないけれど、水を介してコミュニケーションをとるのが私達らしいのではないかと思う。

 遙は私の顔を掴み、顔を傾けてキスをした。私の頭に過去の事件がよぎることはなかった。だからと言って全てがいいわけではない。私の過去の事件は、一生をかけて向き合っていく問題なのだ。でも遙となら、きっと上手くいく。そう思わせるキスだった。



 ナマエと付き合ったことは数週間経って部内に広まった。まず真琴が俺の異変に気付き、「今日はナマエちゃんいないの?」という話をしていたところを渚に聞きつけられたのだ。渚や江は大いに盛り上がり、怜は俺が恋愛をしていることに驚いていた。確かに、俺自身も意外に思っている部分はある。ナマエでなければ、男女の付き合いをしようなど思わなかっただろう。
 そして江に伝わったということは凛にも伝わるということだ。女の噂話は速い。合同練習の日、凛は俺を呼び出した。

「お前がいて何でそんなことになってんだよ」

 大方、凛も帰国後に噂を聞いたのだろう。妹を持つ身としてか、凛も苦々しい表情をしている。しかし、中学時代俺とナマエは付き合っていないのだ。学校すら別だった。

「何で俺が」

 反射的に言うと、凛は呆れたような声を出した。

「どう見てもお前はナマエに惚れてただろ」

 そんなに俺は、わかりやすかったか。面食らっている俺を置いて、凛が「ったく」と髪をかき上げた。

「これからはお前が守れよ」
「……ああ」

 練習に向かう。ナマエの分まで、とは思わない。俺には俺の水泳があって、ナマエにはナマエの人生がある。でもその二つは、少しだけ交差するかもしれない。その奇跡のような中で、俺とナマエは体を寄せ合う。そういう毎日になったらいいなと、思っている。