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夏も盛りに近付き、生徒会は文化祭準備で一層忙しくなった。文化祭では本格的にお互いの高校と交流することもあり、私が岩鳶へ来る頻度も増える。夕方の街の中に歩き出した時、隣に並ぶ影があった。外はまだ明るいというのに、その表情からは何も読めない。
「もう顔合わせたくないかと思ってた」
少なくとも、遙と気まずくなったのは事実だ。
「できる日だけでもお前を送って行く」
私はむず痒いような感覚を覚えた。遙が親切でそうしていることはわかっている。女子に対して、送って行くことが礼儀であることも。だけどやはり、私には過去の事件で気を遣われているように感じてしまうのだ。
二人の間に会話はなかった。遙は元から寡黙な方だったと記憶している。私に水泳を再開しないかと誘った時は、余程本気だったのだろう。私はその本気に、応えられなかった。
「俺はこれからどんなに頑張っても過去のナマエを守れない」
また、心のやわらかい部分を刺されたような気がした。遙と話すにあたり、事件のことを避けては通れない。遙は私を傷付けてまでも、私に何かを伝えようとしている。それがわかっているから、私は耳を澄ませる。
「でも、これからのナマエを守りたいんだ」
好意を示されているのだとわかる。でも、素直に喜べるほど単純な人生を生きていない。
「励ましてくれてるのは、私のことが好きだから?」
「それもあるかもしれない」
付き合うためだけに、遙がこうしているわけではないのだろう。遙は私の水泳人生を応援してくれているし、私の被害に気を荒げているはずだ。遙の声は少しも揺らがないけれど、真剣に向き合ってくれていることは伝わってくる。
「あんなことがあった後で好きだなんて言われたら気持ち悪いかもしれない。でもこれも俺の本心だ」
私はふと、遙の手をとってみた。遙の手は記憶にあるよりも大きく、骨ばっていた。
「ナマエ?」
「私のこと見て」
戸惑ったような遙と目が合う。動揺しているけれど、私に本気であることがわかる。だってそうだろう。みんな面倒なことになりたくないから私の事件の話を避けるのに、遙は自ら切り込んできたのだ。自らが嫌われるリスクさえも覚悟で。
「抱きしめてみて」
私が言うと、遙はそっと私の背に腕を回した。遙からは、柔軟剤と塩素の匂いがした。私は腕も回さないまま、遙の中で突っ立っていた。
「温かい」
同い年の女の子が感じ取っているだろう、異性の温もり。それに触れるために、私は多くの歳月と勇気を必要とした。私には一生無理だと思っていた。たとえ遙のような人が現れたとしても、私が変わらない限り。
「一度水泳をやめてなかったら、こうして遙に熱心に誘われることもなかったのかな」
もし、事件がなかったら。今も水泳を続けていたら。遙と再会しても、遙にまた誘われることはなかっただろう。水泳をやめた者同士のシンパシーを抱くことも、なかっただろう。まだ事件を必要な過去とは思えない。でも、私は過去を変えるために抗っていたい。
「俺にはわからない。未来も、過去も。だからナマエが考えた結論なら、どんなことでも受け入れる」
遙は私の肩に頭を載せるようにして呟いた。私の目尻から一筋の涙が流れた。潮が寄せるように、私の本音が口から漏れる。
「遙が好き」
一世一代の告白だというのに、遙はどこまでも遙だった。
「そうか」
まるで、遙の気持ちはもうわかっているだろうと言いたげだ。傷付くことも恐れずにあれだけぶつかってこられたのだから、私はもう理解している。私も遙の背中に腕を回すと、遙はぐっと私を引き寄せた。