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今日この日が、かつて夏油が離反した日だと気付いたのは部屋に夏油がいたからだった。既に村人を殺してきた後なのか、シャツが血に染まっている。部屋の角にいつからか立っていた夏油は、穏やかな笑みを浮かべていた。けれど、私がタイムスリップして初めて見たようなあの笑顔ではなかった。
「夏油……何で……」
言葉を失う私に、夏油は畳みかける。
「残念だったね。タイムループまでしたのに私を止められなくて」
「知ってたの?」
夏油は顔色を変えずに粛々と話す。
「君の家系にそういう術式があることを調べたんだ。あと君の態度から薄々」
所詮私が甘かったのだろう。しかし、ここで一つの疑問が生まれる。どうして夏油は私に興味を持ったのか。その答えがわかっているようで、認めたくないと思う。
「何で……私の家系を調べたりしてたの?」
私の声が震えているのに対し、夏油は至って落ち着いていた。到底先程村ひとつと実家を滅した人とは思えなかった。
「それは私が呪詛師になる理由と同義だよ」
夏油の前髪が揺れる。私は夏油から目が離せない。
「弱者を見下す考えを君に否定されて傷付いたなら、私は呪詛師になることをやめただろう。『君に』否定されても何も感じなかったから、私は呪詛師になることを決めたんだ」
私は夏油に軽蔑するかと聞かれて、強く肯定したことを思い出した。あの時私は夏油を止めたくてそうしたけれど、それが決め手になってしまったのだ。夏油にとって一番大きな存在である私に軽蔑されてさえ平気だと思ってしまったから。その感情の名は。
「私は君が好きなんだよ」
私の表情は到底愛の告白を受けている者のそれではなかっただろう。夏油の顔にも恋愛めいた雰囲気はなかった。そんなことを言わずに離反してもいいだろうに、夏油は最後に私を傷付けたかったのかもしれない。あるいは、本当に私のことを好きなのかもしれない。
「その顔を見るに、タイムループする前はそうではなかったんだろうね。君を好きでなかったら私はあまり苦しまなかっただろう」
「何で……」
何で、好きになったのか。何で離反してしまうのか。聞いたところでどうしようもないことはわかっている。
「人の気持ちに理由はつけられない」
夏油は首を振った。それからまるで書いたものを読み上げるように淡々と、夏油は語り続ける。
「好きだ。どうしようもないほどに。その君でも止められないなら、私はどこまでも闇に埋もれていくんだろう。君はまたタイムループして私を救いに行くのかもしれないね」
六畳の部屋に足音を響かせて、夏油は扉へと近付いた。夏油が行ってしまう。私の手の届かない所へ。今回もまた、ダメだった。
夏油はドアノブに手をかけたところで私の方を振り返った。切なくなるほど美しい瞳だった。
「次のループでは、君と両思いになれたら嬉しいな」
ドアが閉まって、足音が遠ざかっていく。今から行けばまだ夏油には追いつけるかもしれない。それでももう、手遅れだ。私は茫然としながら涙を流した。前回より、今回の方が悲しみも大きかった。その理由は明白だった。