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灰原の死体に手を合わせるのは、七海達が出て行った後にした。私はそれほど灰原と仲が良いわけではなかったし、よくつるんでいた男連中だけにしておいた方がいいと思ったのだ。
私が死体安置室に入ると、夏油は灰原の死体を見たまま口を開いた。視線の先にあるのは灰原なのに、彼ではない何かを見ているようだった。
「君はこうならないと約束してくれ」
夏油の声に、簡単な返事はできないと悟る。もしかしたら、この場での私の一挙一動が離反を決めてしまうかもしれない。
「できないよ。私は呪術師だから、人を守るのが仕事」
夏油が思う呪術師とは、弱きを守る者のはずだ。誰かを守るためなら、私は自分の犠牲なんて問わない。
「私は人を守りたくてここにいる」
夏油を離反させないために。夏油とみんなを守るために、私はここにいるのだ。
突然、夏油が鼻で笑った。予想だにしない反応に私は目を丸くする。
「その守る対象が醜く愚かな人間でも?」
夏油は誰のことを言っているのだろう。私の内心を見透かして、自分を醜い人間だと自嘲しているのだろうか。それとも、弱い人間のことを醜いと思っているのだろうか。
「すまない、忘れてくれ」
「大丈夫」
私は夏油に近付いた。いつかそうしたみたいに、抱きしめたら夏油はまた元に戻ってくれるのではないかと思った。
「夏油がいけない考えに走りそうになった時、私は止める役でありたいから」
夏油は動かない。私は腕を途中まで上げかけたが、やめた。抱きしめるなどできる雰囲気ではなかった。少なくとも、灰原の死体の前では。
「私には話してよ」
夏油は部屋にある椅子に座り、項垂れるように俯いた。それからぽつぽつと語りだした。
「入学初日のことを思い出した。悩みがあるなら聞かせてと……君はこの未来が見えていたみたいだ」
心臓が嫌な音を立てる。タイムスリップがバレているのかもしれない。しかし夏油はそれに言及することがなかった。まるでそれは小さなことで、もっと大きな問題があると言うように。
「私が弱者を軽蔑していると言ったら、君は私を軽蔑するかい」
それが夏油の本心なのだろう。タイムスリップしてやっと聞けた、夏油の離反の理由。私は夏油を離反させないために、模範解答だろう正解を自信を持って答えた。
「軽蔑する」
これで夏油が正気に戻ってくれるなら何度だって言おう。夏油は私など相手にしないだろうけれど、殴り合いだってしよう。
夏油は「そうか」と言って再び床を見ていた。その目がやけに黒々としていたのを覚えている。