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玉狛支部の敷居を跨いだ日、ヒュースは唇を噛み締めた。屈辱だった。ハイレイン達に見事騙されたことも、臣下として主君の危機に駆けつけられないことも。これから自分は得体の知れない玄界の組織で、捕虜として暮らすのだ。自分に対する情けなさは募りつつも、不安や恐怖はなかった。自分は軍人だ。どんな拷問だろうと耐えてみせる。
かくして平静を取り戻したヒュースは、その数分後あからさまに動揺することとなる。その主たる原因は、ここ玉狛のメンバーの一員だった。
「はい、到着。ここが今日からお前の家だ」
隣でそう言う胡散臭い男は名前を確か迅と言っただろうか。迅が開けたドアを潜ると、そこに広がっていたのは予想外にも普通の家屋だった。
「拷問部屋か刑務所みたいな所だと思ったか? ウチはそんなことしないよ」
思考を見透かされているようで腹が立つ。自分一人で自室まで進みたいところだが、勝手を知らないこの建物ではそうも行かない。それをいいことに、迅は次々と玉狛のメンバーを集め始めた。
「コイツがウチで預かることにした捕虜。みんなよろしくしてやって」
そう言う様子はまるでヒュースの保護者か何かのようだ。
「こうして見ると若いな。まだ子供か?」
「ウチで何か不自由することがあったら遠慮なく言ってくれていいからな」
「と言っても、コイツ千佳狙ってたんでしょ。下手な動きしたらあたしがぶっ飛ばすからね」
先の男二人が木崎と林藤、最後の女が小南だと隣で迅が説明した。ヒュースの目の前に現れた三人は林藤以外直接戦った者だ。どこか見覚えのある容姿だと思いながらも、ヒュースは無視を貫き通した。
「とりまるはバイトで栞は本部だから……あとウチにいるのは名前くらいね。名前! アンタも来なさいよ!」
そしてあの喧しい女に呼ばれ、パタパタと軽い足音がこちらへやってくる。また新しい人員か。オレは玄界の者などと仲良くする気はない。そう迅に告げようとして、ヒュースは自らの体が凍りつくのを感じた。そこにいたのは、エリン家当主の娘、ヒュースの一番の恩人と瓜二つな女だったのである。
「──様……」
ヒュースは思わず口走りそうになるのを堪えた。実際、それは空気となってヒュースの口から漏れた。それ程に、この女は自らの主と酷似していたのである。
「えっと、これから玉狛にいるのかな? 私は苗字名前。よろしくね」
目の前の女は、そんなことを知りもせずに手を差し出す。まるで主から差し出されたようなその手を握れるわけがなくて、ヒュースは無言で女を見つめ返した。それをどう捉えたのか、彼女は苦笑いしながら手を元へ戻す。そうだ、この女は敵組織の一員だ。握手などして馴れ合う必要はない。無理矢理そう思い直したのは、自分が主とこの女をそれ程までに重ねていたからだろうか。とにかくここを早く去りたくて、ヒュースは迅に「おい、早く案内しろ」と言った。
「はいはい、急かされなくとも」
「ちょっとこの捕虜生意気なんじゃない? 縛り付けておいた方がいいわよ」
「まあまあ」
玄界の者の声も頭に入らない。少し前までは独房で拘束されるだろうことを憂いていたはずが、今や一人になりたくて仕方なかった。アフトクラトルから置き去りにされて少し。この数時間を脳内で処理するには、やや情報量が多すぎた。特にこの、主と瓜二つな女については。
「おい、何をしている」
ヒュースは出来るだけ女に背を向けて、迅を急かした。