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私達の間であの夜はまるでなかったことのようになっていた。私はギンを責めなかったし、ギンも私を責めなかった。藍染隊長は霊圧で私達に気付いていたかもしれないが何も言うことはなかった。私達はまた、昼休憩に丘で二人の時間を過ごす長閑な日常に戻っていた。あの日の夜を、夢か何かと思い違えるほどに。
「ほんまにええ天気やなぁ」
そう語るギンの横顔を私は見る。彼が以前私に好きだと言ってくれたことは未だに信じがたい。いや、受け入れてはいるのだけれど、ギンのよくするからかいの一部だという認識が消えない。それでも頭のどこかではもしかしたら本気だったのではないかと思っていた。藍染隊長に告白した日の、あのギンの瞳を見ていたら。
それでも私はその告白に何か応える気はなかったし、ギンもそれを望んでいる気がした。そもそも「付き合ってください」などとは言われていないのだから返事のしようがないのだ。友情か恋愛かはわからないけれどギンは私が好きで、私も同じようにギンが好き。そんなふわふわした関係性を保ちながら私達は今日も丘で会う。
その時ふと、あの夜のことを思い出した。聞こうとして聞けなかったことの一つ。
――言うたやろ。名前のことが好きやて。それともう一つあるけど今はどうでもええ。行くなや
そのもう一つとは何だったのだろう。私はギンの顔を覗き込むと話しかけた。
「ギン」
「何?」
「あの時私の邪魔したもう一つって何だったの?」
それだけでギンには伝わったらしい。ギンは上を向いてカラカラと笑った。そして何でもないことのように言った。
「あああれは、これからボクと藍染隊長が護廷を裏切るからやで」
話について行けないとはこのことを言うのだろう。理解できずに固まる私をよそにギンは話を続けた。
「大体三日後ってところかな」
三日後。三日後に、ギンは遠いところへ行ってしまう。ようやく頭が理解して口を開こうとした時、それを遮るようにギンが言った。
「だから名前は眠っとき。藍染隊長にも、旅禍にも殺されんために」
そして首元の軽い衝撃で、ああ私は今術を掛けられているんだと思った。眠れというからには私は三日間目覚められないのだろう。ギンを追いかけることすらできずに。
「ごめんな、最初から藍染隊長を遠ざけてたのはこの計画に巻き込まないためと」
ギンはその美しい眉を下げて言った。
「ボクがキミを好きだからや」
段々と遠のく意識の中で、そんなのとっくに知ってるよ、と思った。恐らく人生最後の別れにどうしてギンは前に何度も言った台詞を繰り返すのだろう。その意味を理解したら辛くなるのは自分だとわかっているから、今はただ目を閉じた。