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「昨日な、未来から侑が来てん」

そう言うと、侑は思った通りの顔をした。

「は?」

顔をしかめ、口を開けて眉を寄せる。こんな表情でも美しいのだからイケメンとは恐ろしいものだ。

「どうせ言うならもっとおもろいこと言えや」
「ちゃうねん、本当に未来の侑が来たねん」


昨日の晩のことだった。唐突に私の部屋の扉を開けた男は、「ここ、住んでええ?」と言ったのだ。私はといえば突然の侵入者に驚くのみだった。顔は確かに毎日見ている侑に似ている。しかし侑とは決定的に違う何かがある。つまりこの男は侑ではない、不審者だ。こういう時は一体どうすればいいのだろう。体格のいい大男に力で敵うとは思えない。まず、警察。スマートフォンを起動した私の腕を男が掴んだ。

「俺や。宮侑。二十四歳のな」

そう言う声は今よりも色気があって、表情もどこか大人びていて、侑と触れたことなどいくらでもあるというのに今更胸がときめいた。このわけのわからないことを言う不審者に何をしているのだろう。そう思いつつも、私の指はもうスマートフォンから離れていた。

「……信じられへん」

この状況が、だ。目の前の人物が毎日顔を合わせている宮侑であることは認められても、未来から人がやってくるなんてことがあるだろうか。自称宮侑も顎に手を当てて考えてるような素振りをしていた。

「俺かて信じられへん。朝起きたらいきなり七年前やもんな。だからとりあえず名前ん家来たってわけ」
「そこは自分の家行けや。ていうか何で私の家知っとんねん」

すると宮侑は一度目を丸くした後、納得したように頷いた。

「せやな、こん時はまだ名前を家まで送ったことなかったわ」
「なんやそのカップルみたいな行動は……」

私が言うと宮侑は笑って手を振った。

「ちゃうちゃう。名前と俺は付き合ってへんかったよ」
「そらそうやろな」
「で、名前ちゃんに頼みがあるんやけど」

嫌な予感しかしない。この私の反応すら楽しんでいるように宮侑は笑顔で口を開いた。

「元に戻れるまで、俺のこと匿ってくれん?」

予感は的中した。宮侑の低い声が私の狭い部屋の空気を何重にも震わせる。そんなフィクションみたいな話が、そんな嘘みたいなことがあってたまるか。凡人の私が巻き込まれるのは現実の侑だけでいっぱいいっぱいだ。

「嫌や」
「そこを何とか!」
「大体自分の家行けばええやんけ! そこでお母さんに匿ってもらえや!」
「ただでさえ双子なのに俺までおったらおかしなるやろ!」
「もう既に色々おかしなっとるわ!」

激しい言葉の応酬の後、私と宮侑は息を整えながら互いを見つめる。これが本当に未来から来た侑なのだろうか。外見は確かに大人びた侑という雰囲気だ。性格も私の知っている侑の通りである。逆に言えば高校生から全く成長してないということになるのだが。


「で、お前同棲許可したんか」

若干引いたように侑が言う。まるで責められているような心地になりながら、私は「うん」と頷いた。侑は視線を遠くにやり、頭を掻いたり何か独り言を言った後面倒臭そうに立ち上がった。

「アホくさ。エイプリルフールちゃうんやで」

将来の宮侑に見慣れてしまったせいだろうか。そう言ってコートに戻る侑の背中は、心なしかいつもより小さく感じる気がした。