▼ プロローグ ▼


高校で初めて本気で好きな女が出来た。相手は部活のマネージャー。そんなこと本当にあるんかいな、って思ってたけど実際部員の何割かは名前のことが好きだったと思う。俺はそんな部員に牽制を入れつつ、だらだらと片思いをしながら、たまに可愛い子が告白してくれば付き合った。名前に告白する気がなかったのだ。

それは勿論部内の空気を壊したくないとかもあったけれど、一番は自分の馬鹿みたいに高いプライドだった。いつもみたいに部活で顔を合わせて馬鹿な話をして、そんな日々がずっと続けばいいと思っていた。友達の壁を壊すのが怖かった。友達だと思っている俺に告白されて驚く名前の顔も見たかったけれど、俺から告白するなんてナシだと思っていたのだ。

そんな片思いをズルズルと続けたまま気付けば三年が過ぎていた。大会に出ては勝ち、たまに負け、また勝って、俺達は部活を引退した。ついに名前と顔を合わせることがなくなっても俺は名前に告白しなかった。卒業式の日でさえ俺は名前に言わなかった。せいぜい「写れや」と無理やりツーショットを撮ったくらいだ。こうして俺は呆気なく名前と離れた。

高校を出れば男女関係とは緩いものだ。プロアスリートになった俺はそれなりにモテて、それなりの子と付き合って、たまに名前を思い出していた。周りの男達のように名前に酒を飲ませでもすれば一発することができるのだろうか。もう手の届く距離にはいないというのにそんなことを考える。逆に誰か他の男に似たようなことをされていないだろうか。体に迸った怒りを発散するように女を抱いた。大阪に来て四年間、人混みの中でいつも探している影は名前のものだった。

プロアスリートとなってもやることは変わらない。バレー、バレー、バレーだ。そんな中で俺に舞い込んできたのは同窓会の報せだった。気晴らし程度にと軽い気持ちで参加したことを、俺は後悔しているのだろうか。それとも喜んでいるのだろうか。

かつてのチームメイトやクラスメイトと会いグラスを合わせる。いくつになっても変わらないもので、男子とはくだらない話を、女子とは媚びへつらわれるような話をした。正直こんなに女子に囲まれるのは想定外だ。早くもうんざりとしながら、周りに一声かけてから俺はパーティ会場の庭へと出た。すると月光に照らされて、一人の人物が浮かび上がる。自然と胸の鼓動が聞こえる。いくらか髪が伸びた、少し痩せたその人物は俺が長い間片思いをしていた苗字名前だったのだ。

「こんな所で何やっとんねん」

俺が話しかけると、名前は俺がいることに驚いた様子もなく話し始めた。

「酔いを覚ましに」
「酒弱いんかい」
「まあまあやな」

まさか酔わされて襲われたりしていないだろうな。というか少しは再会に感動しろや。様々な思いが頭を巡る。昔は何を話していたか全く思い出せないほどに、今これっぽっちも言葉が出ない。

しばらくの間二人で沈黙を共有すると、名前は「そろそろ戻るわ」と踵を返した。夢にまで見た名前が、行ってしまう。頑張れ、情け無い俺。

「……何」

もう覚悟は決めた。俺は七年越しに、その細い腕を掴んだ。もっとここにいろ、今は彼氏はいるのか、話すことはそんなことではない。

「好きや。ずっと昔から」

もっと早く言っておけばよかったと今になっては思う。けれどもその後悔は、何倍にもなってこの後押し寄せるのだった。

「ごめん、私婚約しとるんや」

自分が掴んでいる腕をはたと見る。その左手の薬指に、キラリと光る何かがあった。名前が他の男になったものを示す証左だった。

「……そか。すまんかったな」

俺は静かに腕を離した。名前は申し訳なさそうな顔をしてパーティ会場へ戻って行った。どれほどの時間そのまま突っ立っていたのかわからない。気付けば俺は、庭の柵を越え、パーティ会場の敷地を出、誰に告げることもなく家へ帰った。ただ無心でシャワーを浴び、部屋着へ着替えてベッドの中で目を閉じた。過去に戻れたらどうなるんだろうか、なんて意味のないことを考えてしまう。ほろりと一滴だけ流れた涙が枕カバーに沁みた。どうしようもなく馬鹿な男の、どうしようもなく不甲斐ない物語だ。