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侑が指定した場所は学校近くの公園だった。「待たすなや」の言葉通り既に侑は着いていたようで、公園の柵にもたれて立っている。私が走って侑、と言おうとした「あ」の時点で侑はこちらに気付き、怒涛の喋りを始めた。

「お前やっと来たな! 来んの遅いねんアホか! 未来から来たっちゅうアイツと会ってたんちゃうやろな!? そもそも何でアイツと住んどんねん! 今すぐ追い出せや! 俺が追い出したる! アイツお前のこと弄んでるだけやで!」

息継ぎもなしに一気に言い切った侑は荒く息をしていた。私はといえば圧倒されるばかりである。何かと私を構う侑だが、ここまで言われたことはなかった。今この公園に人がいなくてよかった。もしいたら侑の剣幕に脅えてしまうことだろう。私は何から言っていいかわからず、ふと思ったことを口にした。

「なぁ、何で侑はそこまで私にするん」

よく考えてみれば相手が未来の自分だからという至極簡単な話だ。誰だって未来の自分が来たなど言われれば気になるものだろう。しかし侑は、一度下を向いて言葉を溜めた後一度に叫んだ。

「そんなん、お前が好きやからに決まっとるやろボケ!」

言い切った侑は頭を抱えて座り込んだ。「何でこんなタイミングで言わなあかんねん……」と呟く様子はまるで普段の侑らしくない。言われた私より言った侑の方がショックを受けているのではないだろうか。それでも私はぽつり、またぽつりと涙を流していた。

「な、何でお前泣いてん……」

今度は自分が何かしたのだろうかと慌てる侑は忙しい人だ。だが侑は何も悪くない。私だって泣きたくて泣いているわけではない。あの未来から来た宮侑は、高校時代からずっと私のことを好きだったのだ。その事実に気付いたら、不思議と涙が溢れて止まらなくなっただけなのだ。

「私な」
「ああ」

だが立ち止まることは許されていない。未来の宮侑に頼まれたことが一つある。「俺のこと意識しとる?」その答えを、侑本人に伝えるということが。

「私、多分侑のことは好きやない」

そう言うと侑の顔はわかりやすく曇った。だけれども次の瞬間、またがらりと表情を変える。

「でも、意識はしとる」

これは未来の宮侑への答えであり現在の侑への返事だ。きっかけは未来の宮侑が現れたことだった。どちらかといえばスキンシップの多い未来の宮侑の方を意識する方が多かったかもしれない。でも、今まで友達でしかなかった侑を異性として認識したのは宮侑が未来から現れてからなのだ。将来侑と付き合っていると言われて、はっきり侑と男女の関係を意識した。

今侑に告白されて初めて気付いた。未来の宮侑が高校時代から私のことを好きだったこと。恐らく長い間好きでいてくれたこと。今の侑も同じように私を好きでいてくれたこと。今まで私が侑から感じていたものは、全て恋慕だったということ。

ならば私はその想いに応えたい。未来で付き合っていると言われたからではない。今の私の意志で、今の侑と、私は恋を始めたい。

「きっと好きになってみせるから、私頑張るから、待っててくれへん?」

私の頬の涙はまだ乾いてなくて、侑は座り込んだままで、公園には相変わらず人っ子ひとりいなかった。侑は信じられないというような顔を次第に破顔させると、眉を寄せて「何年でも待つわアホ」と言った。この日、侑と一緒に私の家のドアを開けると、居間のテーブルにはただ「ありがとな」と書かれたメモが残されていた。とある世界の、高校二年の夏の出来事だった。