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横浜の闇を一手に取り仕切る巨大組織、ポートマフィア。その中において中原中也と太宰治を知らない者はいないだろう。だが、彼らの入所直後を知る者は少ない。そしてその隣にとある少女がいたことを知る者はごく僅かだ。

「おかえり、二人共」

名前が笑いかけると二人は揃って「ただいま」と言った。太宰と中也が任務に向かい、名前が本部に置き去りになることは珍しくない。何しろこの二人は双黒と呼ばれるほど相性がいいし、単純に強い。首領も任務に使いやすいのだ。対して名前はこれといった任務に呼ばれることもなく、精々裏取引の監督程度の仕事をこなしていた。

はたから見ればこの三人が一緒にいるのは不思議に見えるだろう。何故ポートマフィアの未来を担う二人と、ただの構成員が。そう言われたことは少なくはない。実際は名前もそこそこの地位にはあるのだが、まあそれは置いておいて、この三人には切っても切れない絆があった。それは幼馴染というありふれたものなのだが、本人達にとっては重要だ。現に、大切に思うがゆえに名前の任務量を調整してしまうくらいには。
エレベーターのドアが閉まった途端中也は太宰を睨み上げた。

「いい加減名前の任務を勝手に断るのやめてやれよ」

中也としてはもう我慢の限界なのである。任務終わりの中也と太宰を迎えるたび名前がどんな顔をしているかには太宰も気付いているだろう。

「いいや? やめないよ」

太宰は中也を嘲笑うがごとく言った。二人きりのエレベーターの中に中也の舌打ちが響く。毎回、どうしてこうも太宰は歪んだ愛の与え方をするのだろう。この男の異常さなど今更言及するまでもないが、それでも名前のことだけは受け入れがたかった。

太宰のやっていることは、保護というより拒絶だ。中也は側から見ていてそう思う。名前が心配なら任務に連れて行って自分で守ればいい。なのに何故そうしない。

太宰へ直接聞いてみてもお得意のはぐらかしを食らうだけだった。もしかしたら自分のこの感情でさえ太宰の計画の内なのかもしれない。それでも、煮え切らない。


軽い音を立ててエレベーターは目的地に辿り着いた。いくら史上最年少幹部様と一緒でも警備は怠らないらしい。流石首領というところだろうか。

「おかえり」

先程名前と言われたことと同じなのに、この人に言われるとまるで違う意味に聞こえる。

「任務完了しました、首領」
「ああ、ありがとう」

太宰と首領が短い会話を交わし、首領への用は済んだ。だが、今日はこれ以上に世間話があるようだった。

「任務への人選は、また君の配置通りでいいんだね?」

恐らく首領にとっては何気ない一言だろう。だがそれは、名前をまた外部任務から外すことを意味していた。

「……はい」

そう答えた太宰を、中也はもう責める気にもなれなかった。