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中也がいなくなってしまったので、私は一人首領の部屋へ行った。任務の報告に私一人で行くのは初めてだったが、首領は何も言わなかった。私は息を吸い、前から胸の内に秘めていたことを吐き出す。

「首領、名前をマフィアから外してください」

それは、首領が期待しているような任務の結果報告ではない。突然の懇願に、首領は目を細めた。

「ふうむ。難しいね」
「何か問題でも?」
「いや。彼女をポートマフィアから外すことにかけては全く何の問題もないよ。無能でもなければ優秀でもない。詰まる所、彼女はただの末端構成員だ。解雇しようと思えばいつでも出来る。君が根回しをして追い込むことだって出来ただろう。問題は、何故それをせずに私へ直接頼みに来たかということだよ」

首領は鋭い瞳で私を見た。私もまた見つめ返す。その理由は、とうの昔から用意してある。だがそれだけで首領が納得するはずもない。首領が私の言うことを理解した時は、私の彼女への想いを首領が理解した時だ。それは、弱味を握られることに近い。だがそんなことは関係ない。

「私は、彼女へもうこの世界に関わって欲しくない」

私は一語一句しっかりと声に出した。願わくば、首領にこの想いが伝わるように。中也ならば首領ではなく名前本人に伝えろと言うだろうけれど、それは必要のないことだ。

「個人的に手回しをしたのでは、また追われる可能性もある。そこで、ポートマフィアの名の下に彼女を闇社会から永遠に追放していただきたい」

私が話し終えると、首領が深い影を落とした瞳でこちらを見ていた。

「その代償は?」
「私がどうなっても構いません」

迷いなく答えた私に、首領が目を閉じた。


「ここにいたのかい」

太宰が普段通りの声を出すと、名前は驚いた様子でそちらを見た。それもそうだ。つい数十分前まで、名前に辛辣な言葉を吐いた本人が自分から会いに来たのだから。目を丸くする名前に、太宰は語り始める。

「先刻は驚かせるようなことを言ってしまったね」

優しい調子で語るも、太宰は決して謝ることはしなかった。そのことを、名前は肌で感じていた。

「でも、君は幸せな女性だ。これからいくらでも幸せになれる」

天を仰いでそう言った太宰を、名前が涙を流しながら見つめた。

「私は幸せになりたいんじゃないんだよ。太宰を幸せにしたいんだよ」

太宰は目を丸くした後、柔らかく細めた。それはあくまで相手を太宰に絞らず、世間一般の男として語ったはずが太宰と名前のこととして返された驚きでもあり、名前の太宰への想いの深さを見誤っていたことへの驚きでもあった。

「そう、ありがとう」

太宰に言えることは、これが全てだ。太宰は名前の顎を持つと、優しく唇を触れ合わせた。唇が離れ、体が離れ、太宰がどこかへ歩き去ってしまう時も名前は何も言わなかった。この別れを完璧なものにしたかったのだ。この時、名前が感じていたのは今生の別れだった。その予感通り、太宰と名前は二度と会うことはなかった。ただ一瞬触れ合った感覚だけが、名前の唇にいつまでも残っていた。