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好きだと初めて思ったのは、出会った瞬間だった。桜散る春の街で、彼女は誰よりも眩しく見えた。だからこそ、手を伸ばすことは許されないと思った。

名前の立ち尽くす方を眺め、中也は我慢ならないといった様子で口を開いた。

「手前、どういうつもりだよ。名前のこと少しは見てやれよ」
「私はもうとっくに好きだよ」
「じゃあ何で」

私が微笑むと、中也はそれ以上何も聞かなかった。まったくいい相棒を持ったものだ、と思う。いい相棒に、いい友人に、それから名前。私は周りの人間に恵まれすぎている。その誰とも深く関わる気はないにも関わらず。

「中也、そこまで言うなら君が名前と付き合えばいいんじゃないか」
「は?」
「どこぞの馬の骨に取られるくらいなら中也の方がまだ安心できる。君達は仲も良いみたいだし、それに――」

昨日だって一緒にいたらしいじゃないか。言おうとした言葉は、遂に口を出ることはなかった。

「太宰、手前いい加減にしろよ」

襟首を掴み上げられ、見下ろすと鋭い目付きをした中也と目が合う。

「相変わらず凄い迫力だね、中也」
「手前それ本気で言ってんのかよ」
「ああ。心の底からそう思ってるよ」

彼女は私と付き合うことはない。私を想う限り不幸でいるのならば、誰かに手っ取り早く幸せにしてもらった方がいい。叶うのなら、それは信頼できる人間がいい。そう考えることの何が悪いのだろうか。中也は傷付いた顔をして、私の襟から手を離した。

「そうかよ」

それだけ残して中也もまた去って行った。最近、皆私を置き去りにしてばかりだ。中也に至っては悲しんでいるのか怒っているのかも分かりやしない。私はふと地面へ屈むと、足元に落ちていた桜の花弁を拾い上げた。あの時はとても綺麗に見えたそれが、今では涙のようだと思った。