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それは当然のことなのかもしれなかった。いくら私のことをぞんざいに扱っている赤井さんとはいえ、決して私の連絡を無視するほどではない。先週の金曜の私の誘いに応えられなかった代わりに、赤井さんは明日火曜日に会うことを提案してきた。赤井さんからの誘いとなれば尻尾を振って飛びついていた私だったが、返信を打つ手が止まる。

私にはもう、未来から来た秀一さんがいるのだ。赤井さんに呼び出されて碌に言葉を交わすこともなく乱雑なセックスをするよりも、秀一さんと家で過ごす方が魅力的に思えた。赤井さんの都合のいいように相手となる私はもういない。だけれど、過去の赤井さんのこともどうか愛してやってくれと言ったのも秀一さんなのだった。結局私は、赤井秀一という人間に弱い。了解した旨のメッセージを送ると、私は帰路についた。

「おかえり」

そう迎えてくれる秀一さんに慣れてしまったのはいつからだろうか。秀一さんの優しさにばかり甘えてしまうと、明日赤井さんに会った時に痛い目を見る。明日赤井さんと会うことになった旨と一緒に秀一さんに話すと、秀一さんはくつくつと笑った。

「そうか。過去の俺に会いに行くのか。是非楽しんできてくれ」

自分の皿にチーズを振りかける秀一さんの向かいで、私はパスタを巻きながら答えた。

「楽しむってほどの余裕はないんだけど……」
「まあそう言うな。過去の俺も焦っているんだろう」

焦っているって、何に? 私はそう尋ねようとしたが、秀一さんが「これは難しい問題だな」と話題をテレビに変えたため聞くことはなかった。秀一さんは今人気のテレビ番組を楽しそうに観ている。その横顔は、心なしか上機嫌であるように見える。

やはり、過去の自分の恋愛を見ているのは楽しいのだろうか。秀一さんは私を未来の私より可愛いと言ったが、私も同じ立場ならそう言うかもしれない。相手が過去の自分ならば嫉妬もしないだろう。要するに、秀一さんは過去の自分と未来の自分、過去の私と未来の私を同一視しているのだ。しかし、私にとっては現在の赤井さんと未来の秀一さんを同じように見るなど不可能な話だった。

「秀一さん」

風呂上がり、私が控えめに近付けば秀一さんは素早く私の腰に腕を回してくれる。秀一さんの方を見上げれば、決して遠くない場所に秀一さんの顔がある。私はそっとその距離を縮めた。秀一さんは、ただ黙って私を見ている。秀一さんの言葉を借りるならば、「うんと可愛がっている」表情で。態度は甘くなりこそすれ、秀一さんは現在の鋭い赤井さんと同一人物だ。私の雰囲気と気配で、私がこれから何をするかなど分かっているだろう。それでも止めないならば、私はこの行為を許されたことになる。

私が秀一さんの唇に口付けようとした時、寸前で私の唇に秀一さんの人差し指が触れた。

「ダメだ」

虚を突かれた私に、秀一さんは続ける。

「君には過去の俺を愛してもらわなければな。俺もしたいのは山々だが……今夜はお預けにするとしよう」

そう言って秀一さんは風呂場へと行ってしまった。残された私は一人立ち尽くす。狡い人だ。自分は私を愛するくせに、私には秀一さんを愛することを許さない。ならば何故、秀一さんは私の気持ちを自分へ向けるような素振りをするのだろう。違和感を抱えたまま、私は明日へと進んだ。