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稲荷崎高校男子バレー部同期の面々が社会人となって半年と少しが過ぎた。高校を卒業してから、あるいは大学を卒業してから同期達はぽつりぽつりと東京へ行き、今では地元に残っている方が少数派となっている。侑は東京へ行った筆頭であったが、盆と正月には兵庫へ帰るようにしていた。そこで同期達と会うことはあるものの、やはり全員は揃わない。全員揃って集まることができたのは卒業式が最後なのだと思うと、胸の奥が切ない気持ちになる。だが大学へ行った面々も社会人一年目となる今回の集まりには、同期のおおよそ全員が参加することが分かった。仕事の都合で稀に欠席していた侑も、これには何としても参加するつもりである。侑は密かに心を躍らせながら兵庫行きの新幹線へ乗り、気合十分にその日を迎えた。同期達と楽しい時間を過ごし、終電前には帰宅して実家のベッドで寝る、はずだったのだが。

気が付くと侑が目にしたのは、見慣れた実家の天井でも飲み屋の天井でもない、知らない部屋の天井だった。まさか、酒の勢いでホテルにでもなだれ込んでしまったのだろうか。辺りを見回すと、侑の思った通りそこは一般的なラブホテルの一室のようだった。

最悪だ。侑は頭を抱える。どうしてラブホテルへ行く流れになったのかは分からないが、同期達に見られていたら後で何か言われるのは確実だ。角名に至っては動画さえ撮っているかもしれない。仮にもプロバレー選手である自分がその辺の女を捕まえて寝るなど、週刊誌のいいネタになってしまう。そうでなくても、昨晩の姿をあの人に見られていたかもしれないのだ。侑が本気で焦り始めた時、隣の布団が動いた。

「お、お前……」
「……おはよ」

侑は思わず言葉を失った。侑の隣から出てきたのは、侑が一番この姿を見られたくないと思っていた人物・名前なのである。

侑は縋るように自分の姿を見た。肌寒いと感じていた通りやはり自分は下着一枚で、今布団から出てきた名前も同じく下着姿である。ホテル、ダブルベッド、下着。この状況を前にして、もう言い逃れはできない。侑と名前は昨晩、体を重ねたのである。

侑はまたもや頭を抱えたくなった。先程最悪だと思ったが、まだ上があった。高校の同期の、それも当時からずっと好きだった女の名前と酔った勢いでしてしまった。これを最悪と言わずに何と言うのだろう。名前が布団の中でスマートフォンを弄っているのを確認すると、侑はスマートフォンを持ってベッドルームを出た。

「もしもし!?」
「何、侑どうしたの」

侑が電話を掛けた相手は角名である。侑は酔って昨晩の出来事を覚えていないものの、比較的酒の強い角名なら覚えているかもしれない。揶揄われることを承知で、侑は昨晩のことを尋ねた。

「昨日、俺どないしてた!?」
「ああ、やっぱり覚えてないんだ」

角名はそう言って笑った後平然と告げた。

「侑は酔っぱらって大騒ぎだったよ。一番やばかったかも。帰りは苗字送って行くって聞かなくて。ちゃんと帰り送ってたの?」

もしかして、そのままホテル行ってたりして。そんな冗談のような一言が現実となっているのだから恐ろしい。

「……え!? マジ!? ヤったの!? よかったじゃん侑」

沈黙を肯定と捉えたらしい角名は、呑気にもそんなことを言う。確かに侑の想いを当時から知っている身となれば、侑と名前が一夜を共にしたという事実はめでたいのかもしれない。が、実際は酔った勢いで致しただけである。しかも、侑に記憶はない。

「最悪や……詳細は今度話す」

侑はそれだけ言うと通話を切った。今は、名前と話をしなくてはならない。本来ならばプロ選手である身として箝口令を敷くのだが、相手が名前となると何と言えばいいのだろう。わからないままベッドルームへと入ると、名前は既に服を着てベッドに腰掛けていた。

「そんな必死に電話して、私と寝るとまずい相手がいるんやな」

侑はしばらくその場に立ち尽くしていた。つまり自分は今、本命の彼女がいるのに名前と一夜を共にしたと疑われているのか。理解して何か言うより先に、名前は鞄を持って侑の横を通り過ぎて行った。

「ほな、またな」

名前の体からは侑と同じボディーソープの匂いがして、こんな時だというのに胸が高鳴った。