1、独りよがりと探偵

「ねえ、こんなところで何をしているの?」

 ふっと息をつくのと同じくらい、それは自然と口から漏れ出ていた。無意識のうちにその言葉がでるくらい、目の前の光景は非現実的だと言わざるを得なかった。
その青年は、黒髪に黒い服装という怪しげな出で立ちで誰もいない、しかし埃や汚れが一切ない路地に立っていた。彼は私の姿を認めると目を見開き、訳が分からないといった風にあたりを見渡す。色が抜けたような灰色の瞳がゆれている。

「こ、ここは一体…君は、」
「さあ。なんだろうね」

それはむしろこちらが聞きたいくらいだ、と素っ気なく返すといよいよ彼は困ったように瞳を右往左往とさせた。片腕をあごにつけ、思案する姿は一介のプロの姿を思わせる。
 それからすぐに、彼は頼りなくしかし確かな意思を込めて私のことを見つめてきた。

「君は誰?ここは一体どこなの?」
「…とりあえず、まずはそこをどいてくれない?話はそこから」

 私の答えに不服そうにしながらも、「ごめん」と素直に彼はその場を退く。開いた空間の先から出てきたものを認めると、私は持ってきた袋から缶詰を取り出してあげた。

「…猫?」
「見ればわかるでしょ」
「君があげているの?」
「…まだ小さいし、放っておくと死んじゃうから」

 まだ生まれて何か月もたっていないであろう子猫は、にゃーにゃーと嬉しそうにもらった食料にありついている。彼は膝を曲げてその様子を見つつ、強張ったような表情で私と猫とを見比べた。

「…ここは旧市街地。人も来なけりゃ店もやっていない。いるのははぐれものとか、違う生き物だけ」
「え、」
「それが聞きたかった答え。それ以上は知らない。私はただのはぐれものだから」
「それは…答えになっていないよ」

 呆れたようにため息をつく彼をにらむ。だって、私はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。彼が欲しかった情報がそれではないのだとすれば、それは彼自身で探し出すしかないだろう。

「それで、あなたは異星人?」
「…ち、違うよ。というかどうしてそう思ったのさ」
「だって…いきなり変なところから出てきたから。…それじゃあ、はぐれもの?」

 それには否定をしてこなかった。ならば、あたりか。はぐれものならば最初から言ってくれればよかったのに。私は持っていた袋をポケットにしまうと彼に手招きした。

「な、なに?」
「ついてきて。私の部屋、一つ空いているから。そこを自由に使えばいいよ」

 何度か瞬きをすると、慌てたように彼は何度も首を振った。

「な…何を言っているんだ!僕はここにいるつもりも…まして、君の元に泊まるつもりもないよ!」
「…そうなの?それはどうして?」
「だって…僕には帰る場所があるんだ。ここがどこだか知らないけど、留まるわけにはいかない」

 きっぱりと宣言して拳を握る彼は何か切羽詰まっているような、そんな表情をした。…なるほど、出ていかなければならないほどの用事か。ならば、仕方ない。私にできるのは今のところ何もないだろう。

「それなら、私はどうすることもしないけど…君はここから出られるの?」
「…えっと、君は出る方法を知っているんじゃないの?」

 まるで私がここを好き好んで住みかとしているような口ぶりだ。ならば、教えてあげなくちゃいけない。彼にはきっと辛い返しになるだろうけど。

「私、ここから出られないから。ここの猫とかも。大きな密室みたいに、閉じ込められているから」

 ああ、だから人とかかわるのは嫌なんだ。そんな風に希望がなくなったような顔をしないでよ。

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