10、足音

小さな足音が聞こえてくる。たどたどしく、だけど確かな足取りだった。
私は一体何をしていたんだろう。そもそも私とは、何だ。頭が霞にかかったようで何を感じることも出来なかった。

真っ白な、まっしろな部屋だった。私はその中にぽつんと立っていた。閉じ込められたという事実にまたかという気持ちが胸を掠める…あれ、またってどういうことだろう。
何もすることがなかったから、ずっとその場に座り込んでいた。何時間?何日?…それとも、何年?時間の感覚なんてどうでもよくなっていた。私は変わらないままそこにいたという事は変わらないのだから。

 だがその間少しずつ聞こえてくる声はきっと私から聞こえてくるもので、そこから何かしらの想いを、感情を感じることが出来た。言葉を借りて私が抱いているのは…『寂しさ』らしい。


 誰もいない。何もない。どうしてそんなところに私はいるのだろう。そしてここにずっと留まるのだろうか。…永遠に?何故かその言葉は嫌いだった。何も変化のないことも、好きじゃなかった。何とかして、ここから出たい。いっそのこと、消えてしまいたいような。でもそれだけはダメな気がして私はその場にうずくまるしかなかった。

 どれくらい時間がたったことだろう。突然ザザ、とノイズが聞こえて耳を塞ぐ。正面の壁が変化して白と黒がまじった色に変わる。突然のことにぽかんと壁を見るしかなかった。色は不規則に入れ替わり、ノイズは段々大きくなっていく。
 あ、と息がもれる。二色だけだった小さな世界にたくさんの色が飛び込んできたからだ。ぼやけたようだった映像は、徐々に鮮明に何かを映し出していった。やがて人型の形を映したそれに、驚いて慌てて立ち上がる。目が見開かれる。

『名前さん。…名前さん!聞こえる?』
「…は、ぐれ君__」

 夢なのかと思った。もしくは単なる映像なのかと。あちらは私を知覚して、目がちゃんと合っていたから先の考えは違うのだとわかった。壁に恐る恐るよって、手を合わせる。向こうで彼も同じように手を合わせた。温かさが伝わってくるような気がした。

『ごめん。取り出すのが遅くなっちゃって…取り込んで接続するのに時間がかかったんだ。迎えに行くのが遅くなっちゃって…本当にごめん』
「……べ、つにいいよ。怒ってない」
『…でも、名前さん今』
「泣いてもない!」

 相手に顔を見られまいと背を向けて壁にもたれる。慌てたような声が伝わってきて自然と頬が緩んだ。
「…もう、ごめんごめんってそればっか」
『…う、ご、ごめん』
「…また。私はそんな言葉が欲しくて今日まで待っていたわけじゃないんだよ?」

 __足音が聞こえてくる。始めは無音だった部屋の中で来訪者は自身の存在を段々と知らしめて行った。見捨てられたと思っていた私に君は手を差し伸べてくれた。…『生きてもいい』のだと、言ってくれた。本当に私が今生きていて、彼がそばにいるということは…私は、今は私としてここにいるのだ。
 足元の黒猫がにゃあと鳴く。一緒についてきてしまったのは不幸か幸運か。それは彼女自身が決めることが出来るだろう。
 振り返って彼を見る。彼も私を見つめる。その後ろに広がる、本当の青空。それは今まで私が見たどんな空よりも広々としていた。
『…おかえり。名前さん』
「___ただいま」

 その中の彼の笑顔は空よりもきれいで、何よりとても暖かかった。

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