魔法にかけられて

この世で一番かわいいものとは。もし人に聞かれたなら私は必ず「夢野ちゃん」、と答えるだろう。それは当たり前だろう。こんなにも可愛らしい生き物がこの世にいるだろうか。いたからこそ私はこうして熱狂している。大きな瞳に小さな背、んあーと呟く声はそう、さながらウサギとかリスそのものである。いやいや、あくまでそれは例であって本当はそれの何十倍も夢野ちゃんは可愛いのだ。

夢野ちゃんは同じ高校に通う同級生で、本当のところ小学生のころからの付き合いだ。初めて会ったときは3年生くらいだったか。転校してきてまもなく、まだ十分に友達を作れていなかった私のもとに、彼女はひょっこりやってきた。突然現れるものだからびっくりして口を開けずにいた私に、彼女はちらちらと視線をさまよわせて思い切ったように告げたのだ。

「お主、わしの魔法にかけられてみる気はせんか?」

 それから夢野ちゃんは私の手をひいて教室に駆け込んだ。その時は放課後で、夕陽がその部屋いっぱいにこもっていたのをよく覚えている。その部屋で夢野ちゃんは私を座らせ、両手を握らせた。ぶつぶつと訳の分からない言葉をとなえる夢野ちゃんをひたすら待つ。

「1,2の,3。ほれ、もう手を開いてよいぞ」

 半信半疑でいう通りにすると、驚いた。私の手の中にスミレが咲いていたのだ。拾った覚えもないのに、どうして。夢野ちゃんは自分が魔法の力で呼び寄せたのだと教えてくれた。「名前が元気がなさそうにしていたから、元気のおすそわけじゃ」そう言って笑う夢野ちゃんに私はつられて微笑んだ。紫の花びらが西日を受けてキラキラと鮮やかにゆれていた。

 それからというもの夢野ちゃんは私に良く接してくれるようになった。魔法の構成するまでの過程だって見せてくれたし、それをつかった色々なレパートリーの呪文もよく唱えてくれた。他の人は魔法じゃないとからかうけれど、それは本当に魔法なんだ。現に私は一度彼女に魔法にかけられた。だから彼女の持つ力は、本物だ。やがて私は魔法だけでなく夢野ちゃんという存在に強く惹かれることになった。こんなすごい力を使える夢野ちゃん。そしてそれを惜しげもなく私なんかに見せてくれる彼女は、優しい。そして何よりも可愛い、大事な人だ。なのに、なのにどうして。

『夢野さんはなんて可愛いのでしょう!』

 テレビの中に彼女の姿が映っているのは、いったいどういうことなのだろう。無理やりコロシアイをしなければならない状況に追い込まれて、しかも記憶もなく『超高校級のマジシャン』としてそこにいる彼女は、一体どうしてしまったのだ。血なまぐさい演出。次々と消えていく参加者。行われていく学級裁判。淡々と進んでいく番組を、私は唖然として見つめるしかなかった。
 どうして彼女が参加しているのか。…どうして彼女が、見も知らずの別の女性に言い寄られているのか。何とも言えぬ喪失感と苛立ちが募る。彼女は人を殺せるような人ではないのに、そんな場所に連れてきた番組を心底恨んだ。学級裁判で少しでも彼女を疑う動きをする奴らを憎んだ。そして、彼女の隣にいつもいる二人を、殺してやりたいとさえおもった。 本当なら私があの場にいるはずだったのに。夢野ちゃんを大事にして、誰にも渡さない権利は私だけのものだ。それを彼女らは、あんなに気にするそぶりもなく。柄にもなく大切なスミレの押し花のしおりを握りしめた。あんな奴ら、死んじゃえばいいのに。

 彼女がその番組のオーディションに自分から参加したのだと知ったのは、それから何日かした後のことだった。『ある人に執着されていてそれを突き放せない。勇気を出して殺しを出来るくらい強い自分になって帰って彼女にはっきりと別れを言いたい』という理由から参加を申し出たらしい。その事実を突きつけられたとき、夢野ちゃんは泣いていた。心から大切な人を失って心の底から泣いていた。
 そういえば、私は彼女の泣いた姿を一度も見たことがなかった。笑った顔も、あの時だけだ。私はどうやら夢野ちゃんの被験者にはなれたけど、友達にはなれなかったみたい。ただただ魔法にかけられていただけだったのだと気づいた時には、その魔法は完全に溶けて跡形もなくなっていた。

ALICE+