「聞いてよ銀さん!!!!!!!!」
届いたばかりの生ビールを喉に勢いよく流し込んで、そのまま叩きつけるようにジョッキを置いて目の前で同じようにビールを飲む銀さんに大声を張り上げた。うるさいと顔に書いているけどそんなことお構い無しだ。私は今すごく腹を立てている。
「なんなのお前。急に呼び出したと思ったらさ〜聞いてよ銀さんって。そんないきなり叫ぶなよ。うるせェって」
「だって!!腹が立つんだもん!!!!生おかわり下さい!!!」
偶々横切った店員さんに怒鳴るように注文をすると怯えさせてしまったのか声を少し震わせながら私と変わらぬ声量で返事をして走り去った。ああごめんなさいお兄さん。でも今の私は殺意にも似た怒りを抑えきれないんです許して。
「大体さァおめー彼氏できたって言ってなかったっけ?いいの?俺なんかと二人で酒飲んで」
「そいつのことだよ!そのクソ野郎のことでいつも可憐で上品な私は怒り狂ってんの!!」
「ホントに可憐で上品な女はクソとか言わねーっつの」
「もォォオオォ!!お願いだから聞いてよ!」
「だったらさっさと喋れやァァァァァ!!生おかわり下さい!!!」
そうやってさっき私がしたように怒鳴り散らして生ビールを注文した銀さんと知り合ったのは一年前のことだ。互いに一人で飲みに来ていた時にお酒の勢いもあって仲良くなった。あまり自分のことを話さないからこの人がどんな生活を送っているのかわからないけど、万事屋っていう何でも屋さんを営んでいる社長らしい。いっつもお金なさそうだけど。現にこうやってたまに飲みに来てもいつも割り勘で奢ってくれた事はほとんどない。私に寄ってくる男たちは、奢る事でしか男のプライドを保てないやつばかりだから初めから奢る気の無い銀さんの隣は居心地が良かった。
銀さんも自身のことを何も聞かない私にそう感じてくれているのか今日だって面倒臭そうにしながらも話を聞いてくれる。はぁ。銀さんにドヤ顔で彼氏できたって言ったの二週間前なんですけど。ていうか別にそんなに好きじゃなかったけど付き合おうって散々言ってくるから付き合っただけなんですけど。なのにそのお前がたった二週間で浮気するってどういうことだよ。しかもその相手私の友達ってどんな偶然なんだよ。
「ホント、友達に写真見せといてよかったわ!危うく気まずくなるところだった!!!」
「だから言っただろーが。ホントにそいつ大丈夫なのかって。銀さんちゃんと忠告したからね。それ無視したのお前」
「だぁって!!!彼氏欲しかったんだもん!」
「ンなことばっか言ってっから変な男に引っかかるんだよ」
私がどんなに声を張り上げても枝豆をパクパク頬張りながら心底興味なさそうにしている。もうちょっと興味持ってくれてもいいじゃん。お酒を生ビールから日本酒に変えて、銀さんのお猪口にお酒を注いだ。銀さんはくいっと日本酒を煽った後私の前に手を差し出して来た。
「なに?その手。お金なんてあげないよ」
「なんで今この状況でお前に金せびるんだよ!携帯だよ携帯!そんだけいろんな女に手ェだせんだ。よっぽどなツラなんだろ。どんな奴かツラ見せろ」
そう言うと私が携帯を差し出す前に奪い取ってポチポチと触りだした。あれ、そもそも顔がわかる写真なんてあったっけ?なんか銀さん段々顔がおかしなことになってきたんだけどなんの写真見てるわけ?動かしていた手を止めてその何かわからない写真を凝視した後、だらけた瞳を覆い隠して深く息を吐いた。、
「あのさァ美月ちゃん?お前いくら男に飢えてたからってこんな…もっと相手選べよ…」
「ちょ、銀さんなんの写真見、て…」
それシャバーニぃぃいいぃいい!!!!!
(イケメンのゴリラです)
「さすがにオス人間とオスゴリラの見分けぐらいつくわ!オスならなんでもいいわけじゃないからね!」
「なんだよ。俺ァてっきり見境無くなったのかと思ったわ。紛らわしいもん残しとくなよ」
そう私に吐き捨てて椅子にもたれかかりハナクソ製造機と化した銀さんを見ているとなんだか怒りが蘇ってきて、でも八つ当たりみたいな自分の行動が恥ずかしくて日本酒を煽って落ち着かせる。なんとか気持ちが落ち着いてきたのに、銀さんの私を慰めようとして放った言葉が再び感情を高ぶらせた。
「大体な、彼氏なんてそんな急いで作るもんなの?ちげーだろ。もっとゆっくりいけや。焦らなくてもちゃんとそのうち自分に、
「それェェ!!」…人がせっかくいい話してやってんのに遮るんじゃねーよおめーはァァ!!!!なんなの!ホント腹立つ!」
「それよそれ。思い出した。付き合って三日後ぐらいにさァ、ご飯食べに行こうってなってさ、何食べる?って話になるじゃん」
あ、またハナクソほじくり出した。チクショウ。
「居酒屋にする?それともゆっくりする?って言われたわけ」
「はぁ?ゆっくりする?」
「ホテルで!ゆっくりする?って意味だったの!なに!ゆっくりする?って!!!それなら一発ヤりにホテルでもいく?って言われる方がまだマシだわ!」
私がそう声高らかに叫んだと同時に銀さんは口に含んだ日本酒を勢いよく私に向かって吐き出した。ちょ、汚い。顔にかかった日本酒をおしぼりで拭き取っていたらべシンと頭を叩かれた。
「お前それただの体目当てじゃねーか!なんでそんなクソ野郎の見分けつけられねーんだよ!!バカなの?バカだな!!!それ言われてもまだちょっと間付き合ってたもんねお前ェェ!」
「だぁ〜って…」
さっきまでまるで興味がなさそうだったのに急にお父さんみたいに怒り出した銀さんが怖くて怒りも途端になくなって何も言えなくなってちびちびと日本酒を啜るように飲むしかない。
「つーか好きじゃねーのに付き合ったこと自体がそもそもの間違いだろーが。お父さんはそんなアバズレ娘に育てた覚えありません!!」
「でもお父さん好きになれるかなぁって思ったんだよ」
「結果二週間で別れてるけどね。好きどころか嫌い飛び越えて殺意湧いてたからねお前」
確かに、一瞬たりとも好きになることなんてないまま久しぶりの彼氏はいなくなった。彼氏がいたってカウントさえもしないほどに思い出がない。正直ゆっくりする?しかあんまりちゃんと覚えていない。
「そいつお前に好きになってもらおうとなんか努力してみせたの?なんもしてねーだろどうせ。なんせ体目当てだからな」
「そ!んなこと…ない…」
「じゃあ何してくれたんだよ」
ああ、銀さんの顔が怖い。さっきまで眉毛と瞼が遠距離恋愛してたのに急に結婚生活始めましたくらい距離詰めてきた。
なんでそんなに怒ってるの?
「………………ご飯奢ってくれた」
して貰ったことなんてそれくらいしか思い出せなくて消えるくらいの小さな声でそう零したら、銀さんは立ち上がって私の腕を掴むと出口に向かって歩き出した。
「えっ、ちょ、銀さん?!」
「親父ィ金ココに置いとくからー」
レジの机に叩きつけるように置かれたお金は万札だった。え、絶対多く払ってるよまだそんなに飲んでないよ。そう声をかけても銀さんは私の方を見向きもしない。かぶき町のネオンで煌めく街中をどんどん進んで行く銀さんは相変わらず何も言わない。ネオンの光が銀色の髪に反射してキラキラと輝く。いつもはへべれけになった銀さんを介抱しているからなんとも思わなかったけど、その輝く銀色に目を奪われた。
銀さんってよく見たら結構整った顔立ちしてるんだなぁ。身長もアイツと違って高くてスタイルもいいし、いい感じに筋肉ついてそうだし。
…アレ。
なんで今私ドキドキしてんの?なんで私よりもお酒弱くていっつもゲロゲロ吐いてる男にときめいてんの?
銀さんに見惚れてそんなことを頭の隅で考えていたら突然足を止めた銀さんに気づかず背中に顔面をぶつけた。知らない間になんか辺りがピンク一色なんですけど。
「あ、あの、銀さん?ここ…で、なにするの…?」
「なにって…さっきお前に飯奢ってやったろ。ゆっくりすんだよ」
そのまま銀さんは有無も言わさず私を部屋に連れて行く。なんでだろう。アイツの時はその台詞が気持ち悪くて仕方がなかったのにどうして銀さんだったらこんなにときめいてしまうんだろう。
ほら。ときめいたりしてるからあっという間に部屋について、銀さんはどんどん部屋の奥へと消えていく。薄暗い部屋に淡く輝くピンク色が、ベッドに寝そべるこの人の魅力を引き出しているように思えて私の足は自然とベッドへ進んでいく。でも、この一線を超えてしまったらもう元には戻れない気がしてしまって足がすくむ。
「なに。今更ビビってんじゃねーよ。こっちこい」
銀さんは、私と今までのような関係に戻れなくてもいいのかな。
「だっ、て…銀さん、」
飲み始めた頃の勢いは初めからなかったくらいどこかに消えてしまった。どうして銀さんがこんな行動に出たのかわからないし、どう行動するのが正しいのかもわからない。足下に視線を落としていると大袈裟なくらい大きなため息が聞こえて、ビクッと体が震えた。
「そんな怯えんな。ほら、美月」
そう言って私の手を引く銀さんの声も表情も、愛しいものを慈しむそれによく似ていて張っていた体の力がフッと抜けた。ああ、ダメ。もう、心に引いていた線は超えてしまった。私を組み敷いた銀さんは私の髪を優しく撫ぜる。いつの間にか蠱惑的な銀さんの顔が視界の中に広がっていてまだそんなに酔っていないはずなのにお酒が回ったときのようにクラクラする。熱に浮かされたままどこまでも彷徨っていたいと思った。
「これからは他の奴らに奢って貰うなよ」
私を捉えて離さないその深い紅色にずっと溺れていたいと思った。
「…大丈夫。これからは銀さんが全部奢ってくれるんでしょ?」
「三回に一回でよろしくお願いします」
どちらからともなく近づいてゆっくりと触れた唇はピリリと甘い日本酒の味がした。
はじまりはゆっくりと?