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その人は、悲しそうに、でもどこか嬉しそうに笑うそんな人だった。



「坂田さん?」

そう声をかけられたのは銀さんと風呂屋の手伝いに行った帰り道だった。振り返ると、見たことのない女性が優しげな笑みを浮かべて立っていた。まぁ、銀さんが昔どんな生活を送っていて、僕達がいない所でどんな人と関わりを持っているなんて知らないから、きっとこの女性はその類の知り合いなんだろうと思った。でも、銀さんの反応は想像していたものとは違っていて、その背中は動揺しているようにも見えた。

「やっぱり。久しぶりですね。元気だった?」
「あ、あぁ。…おめーさんも元気そうだな。いつ戻ってきたんだよ?」
「最近だよ。今あそこの甘味処で働いてるの。この前からイチゴパフェ始めたからまた食べにきて下さいね」
「おーマジか。そりゃ行かなきゃだわ。今度寄るわ」

銀さんの知り合いなら挨拶をしようと思っていたけどなんだか二人の空気はそれをさせてはくれそうにない。邪魔してごめんねと言って先程指差した甘味処に戻ろうとする寸前に僕を一瞬見て笑いかけてきた女性は、銀さんとどういう関係なんだろうか。

女性が去った後も銀さんは何も発さずただじっと女性が入った甘味処を見つめていた。心配になって声をかけてみたが反応はない。何やら考え事をしているみたいだ。もう少し声を張ってみるが、やはり反応はない。銀さんの顔を覗き込んでみたら、今まで見たことのないような表情だった。なんて説明すればいいのかわからない。僕は、こんな表情をする人を見たことがない。なんだか銀さんがどこか遠くへ行ってしまいそうで不安になって、銀さんの目の前に立ち大声で呼んだ。そうするとやっと僕に気付いたのか視線が合わさった。

「銀さんどうしたんですか?さっきの女性と喋ってから黙って…。あの人誰なんですか?すごくび、びび美人な人ですね!!」
「あー…うん。昔の馴染みだ。実家に戻るって言ってたんだけどなァ。まーお前らは知らなくてもいいよ」

目が合っても銀さんはまだ上の空で、とりあえずこの変な空気を変えようとそんなことを言ってみたものの、やっぱり銀さんを纏う空気は変わらない。どうして僕はさっきの女性と関わる必要がないのか、昔の馴染みなのに何故今まで話にも出なかったのか、さっぱりわからない。何かやらかしてしまった人なんだろうか。そう思って何故なのかを聞いてみた。すると眉間にシワをぐっと寄せながらアバンギャルドな女だからお前にはまだ早いとか意味のわからないことを言ってきた。

「なんだよアバンギャルドな女って!どんな女かわかりにくいわ!!」
「いやァ、アイツはホント、恐ろしい女だったわ…」
「そんな震えるほどォォォ?!!!」

上手く躱されたことには気付いていたけど、銀さんが話す気がないならもう聞くのはやめよう。この人は自分の過去とかを掘り下げられることが好きではない。だから僕も神楽ちゃんも、銀さんが昔どうやって生きていたのか全く知らない。銀さんは、僕に悲しそうに笑いかけたあの女性とどんな関わりを持っているんだろう。いろんなことを考えながら歩いていると、小さな声で銀さんが何か言った。なんて言ったのかわからなくて聞き返したけど、なんでもないと軽く笑って、教えてはくれなかった。そしてどうでもいいようなしょうもない話をしだして、ああ、聞いて欲しくないんだなと思い、銀さんの話に乗っかりながら万事屋を目指した。





次の日の銀さんはいつも通りに戻っていた。まるで昨日の出来事なんてなかったかのように振る舞う銀さんに、僕は何も聞けなかった。

あの人が誰なのかはわからない。銀さんにとってどんな存在なのかも、知らない。でも、ひとつだけ気がついたことがあった。


あの人と銀さんの、悲しそうに笑う顔が、すごく似ていた。