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仕事を終えて今日の晩御飯は何にしようか考えながらスーパーに向かっている道中、店の前でウンウン唸っている神楽ちゃんを見かけた。


「神楽ちゃん?どうしたの?」
「あ!!穂花!いいところに来たアル!」
「え?」
「一緒にチョコ選んでヨ!」

神楽ちゃんにそう言われてからはっとした。神楽ちゃんがいる店には可愛らしいラッピングが施されたチョコレートが並んでいる。店の前にはデカデカと書かれた、"大好きなあの人に、チョコと一緒に想いを伝えてみませんか"という文字。

そうか、明日はバレンタインデー。

「神楽ちゃん、坂田さんと新八くんにチョコ渡すの?」
「そうアル。しゃ、しゃーなしだけどナ!私があげないと誰にも貰えない奴らネ。…去年は、なんか、こっぱずかしくてみんなに手伝って貰ったヨ。だから今年はちゃんと渡したいネ」

恥ずかしいのか、神楽ちゃんは私の方は一度も見ずにチョコレートの山を物色しながらそう言った。ああ可愛いな。神楽ちゃんとあの人が一緒にいるところは見たことがないけれど、きっと家族のような関係を築いているんだろう。私を友達だと言ってくれるこの子の助けになりたくて、神楽ちゃんにチョコレートを貰ってあの人に喜んで欲しくて、どれにしようかと悩んでいる神楽ちゃんに声をかけた。

「ねぇ、神楽ちゃん。私と一緒に手作りしない?」
「ホントアルか?!穂花、手伝ってくれるの?!」
「もちろん!とっておきのやつ、渡そうね」
「キャッホォォォォォイ!!」

小躍りしながら喜ぶ神楽ちゃんとなんのチョコ菓子にするかを考える。あの人は甘い物ならなんでも好きだから、逆に何にすればいいのか困る。ちなみに去年はハートのチョコにメッセージを書いて渡したそうだ。でも、自分からだとは言えず仕舞いで終わってしまったらしい。じゃあ、みんなで食べるような物にすれば、渡しやすいかな。

「大きいチョコレートケーキとかどう…かな?」
「いいアルな!それにする!材料買いにいくアル!」



作るものも無事決まり、買い出しを済ませて私の家までやってきた。クックパッドでレシピを調べて極力神楽ちゃんに作業をしてもらいながら進めていく。拙い手つきながらも一生懸命な神楽ちゃんを見て、あの人は本当に素敵な人たちに囲まれているんだなと実感する。少し寂しさを含むその実感が、あの時選んだ道は間違ってなかったと教えてくれる。

きっと、側にいたのが私だったら、ケーキは膨らむことなくドロドロのままだった。側にいたのが神楽ちゃん達だったから、膨らむことができた。

チョコプレートにチョコペンを使ってメッセージを添える神楽ちゃんを見つめながら、私の心の中は嬉しさと悔しさでどうにかなりそうだった。神楽ちゃん達のことは大好きだし、出会えて良かったと本当に思う。だけど、それと同時に自分の不甲斐なさに嫌気がさす。自分で決めたことなのにこんなに後悔するなんて馬鹿げてる。自分で手放したものなのに今更欲しいなんてどうかしてる。

「穂花?ぼーっとしてどうしたアルか?」
「…え?あ、ごめんね。初めてにしては上手だなあと思って」

私が全く話さなくなったことに気づいて神楽ちゃんは少し心配そうに私の顔を覗き込んだ。急いで笑顔を取り繕って、完成したケーキに視線を移した。

"銀ちゃん、新八へ 神楽より"

日本語を書くのがあまり得意ではないらしい神楽ちゃんだけど、上手い下手なんかじゃなくて、このケーキには愛でいっぱいだった。どんなに憎まれ口を叩いていたって、神楽ちゃんはこの二人のことが本当に大好きなんだろう。ラッピングも綺麗に完成して、バレンタインデーは明日だからとケーキは私の家に置いたまま神楽ちゃんは玄関の扉を開けた。

「穂花は、銀ちゃんにチョコあげないアルか?」
「私?私のチョコなんて、坂田さんいるかなぁ…」
「きっと喜ぶヨ!それに穂花がいたら渡しやすいアル!」

きっと本音は後者なのだろう。私にもチョコレートを用意するように言って、神楽ちゃんは元気よく帰って行った。

そういえば、昔バレンタインデーにあげたことあったなぁ。誰にも貰えなかったらしい彼は、キョトンとチョコレートの入った箱を凝視した後、とても嬉しそうに受け取ってくれた。その顔がすごく好きだった。たとえ私の本当の気持ちが伝わっていなくても、その緩んだ笑顔だけで私は十分だった。


チョコレートを渡すくらい、してもいいかなぁ。



次の日の昼頃、神楽ちゃんは不機嫌そうな顔をしながら家に来た。話を聞くと、朝からあの人と喧嘩をしてしまったらしい。クソ天然パーマと暴言を吐いてそのまま家を飛び出して私の家まで来たらしく、ケーキを取りに来たものの万事屋に戻りたくないといつになく元気のない声でこぼす。

「坂田さん、きっと後悔してるよ、神楽ちゃんと喧嘩したこと」
「でも銀ちゃん、ごっさ怒ってたアル。きっとケーキ渡しても喜んでくれないネ」

そう言ったきり、私の部屋にあるクッションを抱き締めたまま黙り込んでしまった神楽ちゃんを尻目に私はキッチンへ行ってある物を取りに行く。昨日神楽ちゃんが帰った後に作った物だ。部屋に戻って、まだいじけた様子の神楽ちゃんの名前を呼ぶ。口を尖らせながら振り返った神楽ちゃんは、私が手に持つ物がなんなのかわかるとみるみるうちに顔を輝かせていった。

「あー!これチョコレートアルか?!穂花も作ったアルか?!」
「ふふ、そうなの。これ、坂田さんと新八くんに作ったんだけど、私今日仕事で渡しにいけそうにないの。神楽ちゃん、代わりに渡してくれないかな?」
「…でも、そしたら銀ちゃんに会わないと行けないネ」

余程気まずいのか神楽ちゃんはなかなか首を縦に振ってくれない。あとで渡そうと思っていた神楽ちゃんの分のチョコレートを目の前に出した。三つ目の箱がなんなのかわからないようで、キョトンとしている。その顔は、昔あの人にチョコレートを差し出した時とそっくりだった。

「これ、神楽ちゃんの分。貰ってくれる?」
「え!いいアルか?!女同士でもいいの?!」
「友チョコって言うんだよ」
「わーい!友チョコアル!穂花ありがとう!!」


早速ラッピングを開けて、食べ始めた神楽ちゃんの頭を撫でて、伝えたかった思いを頭で思い描きながら切り出した。

「きっと、坂田さんも、今の神楽ちゃんみたいに喜んでくれるよ。わかりにくいかもしれないけどね」

まだ少し不安げな神楽ちゃんに勇気付けるように笑いかけながら、ね?と言うと、勢いよくチョコレートを食べ切って、ケーキの箱と、私がさっき預けた二つの箱を持っていつもみたいに陽だまりのような明るさで帰るアル!と笑った。

いつもは元気いっぱいに駆け回る神楽ちゃんは、ケーキが崩れないようにゆっくりと万事屋の方向へ歩いて行く。その背中を見えなくなるまで見届けながら、遠い昔のことなのに鮮明な色をした思い出に浸る。





「え?え?なにこれ。なんか綺麗にラッピングされてるんだけど。何入ってんの?この赤色の箱に何入ってんのォ?!」
「ふふ、チョコレートです。今日バレンタインでしょ?」
「え!いいの?貰っていいの?銀さん食べるよ。返せって言われても返さねーよ?」
「そのために用意したんですよ。美味しいかわからないけど」
「…ありがと、な。大事に食うわ、これ」



今回はその顔を見ることはできないけれど、きっと神楽ちゃんが贈ったチョコレートケーキもあの日のような笑顔で食べるんだろう。