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「あなたが穂花さん?」
「え?」

今日も甘味処さちは程よく忙しい。少し落ち着きを取り戻してきた時、先程入ってきたピンクの着物を着た女性が私にそう声をかけてきた。おそらく私より年下だけどすごく大人っぽい綺麗な女性。私が何も返答できないでいると、にっこり微笑みながら話を続けてきた。

「私、志村妙と申します。新ちゃんと神楽ちゃんがお世話になっているみたいで」
「…あっ、もしかして新八くんのお姉さんですか?」
「えぇ。最近二人からよく話を聞くから興味があったんです。銀さんの昔馴染みだとか」
「あ…そう、ですね…」

まさかそのことを突かれると思っていなくて、私は気の抜けた返事をしてしまった。志村さんはそんな私に気にも留めないような笑みを浮かべたまま少し話しませんかと言ってきた。なんだか断れそうになくて親父さんにちょっとだけ休憩したい旨を伝えると、話が聞こえていたのか負けんなよ!と親指を立てられた。

違う。親父さんそうじゃないの。女の戦いをするわけじゃないの。ああでも志村さんは私が親父さんと話している間もずっと此方を見て私が席に着くのを待っている。それはもう素敵な笑顔で。どんな話をされるかわからないけれど行くしかないみたいだ。志村さんが座るテーブルまで決心を固めるように一歩一歩踏みしめて歩く。そういえば、すまいるで働いている時も似たようなことあったなぁ。あの時は確かあの人のことが好きな先輩に頬を思い切りぶたれた気がする。


…今日はぶたれませんように。


なんとかテーブルまで辿り着き志村さんの前に腰掛けた。けれど志村さんはなかなか話し出そうとはしない。ただ真っ直ぐ私の瞳を捉え離さない。どうして黙っているんだろう。この人は、私に何を言いに来たんだろう。この張り詰めた空気に耐えかねて、口を開こうとしたら志村さんがやっと話し始めた。

「穂花さんはいつから江戸に?」
「え?…あ、えっと5年ほど前に実家に帰って、最近江戸に戻って来ました」
「そうなんですか。じゃあ銀さんとは前に江戸にいた時に?」
「そうです…ドジばかりする私に色々世話してくれて…」

なんだろう、この感じ。なんだか尋問されているような気分になる。どうしてこんなことを聞くんだろう。もしかして、志村さんはあの人とお付き合いしていて昔の女らしき影が見えたから手を出さないように忠告しにきたんだろうか。

私が江戸からいなくなって5年。街並みも変わるんだからあの人が心に決めた一人の人を見つけていたっておかしくはない。ああそっか。そういうことなのか。こんなにしっかりしていそうで、はっきりとあの人に意見を言えそうな人だもの。好きになるに決まってる。本人達の口から告げられた訳でもないのに勝手な想像で決めつけてしまうのは良くないことだとわかっているけれど、せずにはいられない。

どれくらい付き合っているのかな。私がいなくなってすぐなのかな。志村さんがいたから、あの人は再会した時あんなに気の無い返事をしたのかな。

「ふふっ」

聞きたいけれど私に聞く権利なんてないし、志村さんに答える義務もないから、志村さんが投げかけてくる質問に言っても問題なさそうなことを無理矢理に貼り付けた笑顔で答えることしかできずにいたら、志村さんから押し殺したような笑い声が聞こえた。無性に恥ずかしくなって顔に熱が集まったのがわかる。嘲笑われたと思った。見るからに自分より歳が上の女がこんなことで動揺するなんて、私でも滑稽に見えると思う。笑われて当然だと、納得してしまった。この場にいたくなくて立ち上がろうと椅子を後ろに押した時志村さんに腕を掴まれた。

「ごめんなさい穂花さん。違うんですよ。何か胸糞の悪い勘違いをしてらっしゃるようだからおかしくって」
「…え?」
「私があのクソ天パと付き合ってるとか思ってます?」
「ち、違うんですか…?」
「私があんな万年金欠クソ野郎と付き合うわけないでしょう?」
「ま、んねん金欠クソ野郎…」

あれ?なんだか思っていたのと違う気がする。あの人と付き合っていないなら、どうして私に話しかけてきたんだろう。今度ばかりは予想をつけることも出来なくて、万年金欠クソ野郎と言ったきり何も言わずに少し温くなった日本茶を飲んでいる志村さんに恐る恐る声をかけた。

「あ、あの…どうして私に…」
「え?…あぁ。新ちゃんがあまりにも穂花さん穂花さんと言うものだからどんな女なのか興味が湧いたんです。よかった、良い人みたいで」
「あぁ…なるほど…」

志村さんは新八くんのことを心配して私がどんな人間なのかを見定めにきたのか。そう考えると腑に落ちることばかりで、これだけさっぱりとした人ならこんな遠回しにあの人とのことを探って忠告しようとはしないはず。なんだ、あの人と付き合っているわけじゃなかったんだ。無意識に顔が綻んでいたみたいで、志村さんにあら、私が銀さんの恋人じゃなくてそんなに安心しました?と揶揄されてしまった。

「ああああ…っ、えっと、ちっ違うんです…!昔働いていたお店であの人絡みで似たようなことがあったから、それでっ」
「あらァ、やっぱり銀さんとお付き合いしてたのね」
「え?!いや、付き合ってないです…!あの、ただのキャバ嬢とお客だっただけで!そういう関係では…」
「穂花さんもキャバクラで働いていたの?私、今すまいるっていうキャバクラで働いているんです」
「…すまいるですか?私も、すまいるで働いていたんです」

思わぬ共通点に驚いた。ふっと肩の力が抜けた気がして、さっきまでどれだけ緊張していたのかと自分自身に呆れかえった。それからはこれまでの会話が嘘のように話が弾んだ。志村さん改めお妙ちゃんはとてもいい子だった。そういえば、この江戸で友達っていなかったなぁ。ずっとあの人といたから、特に気にならなかったけれど、よくよく考えるとこの街の人たちのことほとんど知らなかった。



あの人はこうやって、素敵な人たちと出会ってきたのかな。