03. 後ろ姿の憂い


「おい、」
「……」
「おい、栄口!」
「へ、あ、巣山」
「聞いてたか?」
「え、何を」
「俺の話」
「…ごめん、聞いてなかった」

俺が謝ると巣山はふう、と嘆息した。
今は昼休みで周りが騒がしい。俺は欠伸を噛み殺して目をごしごしと擦った。何だか頭がぼーっとする。

「調子悪いのか?」
「んー、ちょっと眠いだけ。で、話って?」
「ああ、これから職員室に用があるんだけどさ、次の時間移動教室だろ?俺は用が済んだらそのまま行こうと思うんだけど、栄口はどうする?」
「あー、」

ちらりと教室の壁に掛かっている時計を見る。昼休み終了まであと三十分。

「俺、後から行くよ。部活に備えて睡眠とりたいし」
「そっか」
「ごめん、巣山」
「いや、気にするな。次、あの先生だから遅れないようにな」
「あ、うん…」

次の授業の先生は時間に厳しくて、どんな理由であれ遅刻は一切認めないことで有名だった。思わず自分が遅刻した姿を想像して身震いする。
じゃあな、と巣山が教室を出ていくのを見送ってから俺は机に伏した。寝過ごしそうになっても、きっと誰かが起こしてくれるだろう。そう思いながら目を瞑った。


不意に肩を揺さぶられている感覚がした。誰かの声も聞こえた。段々とはっきりしてくるその声は俺を呼んでいるようだった。

「栄口くん、」
「へ…あ、名字、さん?」
「良かった、起きて」

顔を上げると目の前には名字さんがいた。教室には名字さん以外誰もいない。時計を見ると授業開始まで残り十分をきっていた。あれ…?

「栄口くん、早くしないと遅刻しちゃうよ」
「え、名字さんが起こしてくれたの?」
「うん」

私も本読んでたらこんな時間になっちゃったんだ、と彼女はにこりと微笑んだ。俺も笑い返す。俺は急いで机の中から教科書やらノートやらを出し、椅子から立ち上がった。その間、彼女は先に行くことをせず待っていてくれた。

「先行ってても良かったのに、」
「いいの、私が待っていたかっただけだから」
「…ありがとう」
「どう致しまして」

廊下を走ると先生たちに怒られるから、俺たちは早歩きで目的地に向かう。多分、あと五分くらい。俺が遅刻して怒られるのはいいけれど(自分のせいだし)、俺を待っていてくれた名字さんが怒られるのは申し訳ない。間に合うように…!

目的地まであともう少しという所で誰かとすれ違った。楽しそうに話をしている男女、多分カップルか何かだろう。雰囲気がピンク色というか何というか。
ふと隣を見ると名字さんはその二人組を目で追っていた。その顔は何だか寂しそうで、俺は直感的に分かってしまった。

あの男子は、きっと名字さんの元彼だ。

「名字さん、どうしたの?」
「ん、何でもないよ」
「そう…」

また歩き始める。何でもない、と言って笑った彼女の表情はとても寂しそうだった。
俺は胸がぎゅっと締め付けられるような感じがした。


090717


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