30. また明日、と言葉を交わして


翌日。朝練に行く時間よりも少し早い時間。俺はまだ薄暗い空の下、自転車を漕いでいた。
今日出発すると言っていた名前に、駅まで送っていくと約束をした。彼女の家に到着すると、彼女はもうすでに玄関の前で俺を待っていた。彼女の手にある大きな荷物を見て、本当に行ってしまうんだと実感した。


「おはよう、勇人」

彼女はまだ眠そうに目を擦りながら挨拶する。俺も挨拶を返し、彼女の手から荷物を取り前カゴに入れた。彼女には荷台を指差す。

「二人乗り?」
「うん」
「大丈夫なの?」
「まだ早いし暗いし、平気だよ」
「…ん、じゃあ、」

彼女は荷台に座る。俺にしっかりつかまったのを確認してからペダルを踏んだ。


「試合観に行けなくなってごめんね」

ポツリと彼女は少し寂しそうに呟いた。

「観に行くって言ったのに…」
「いいよ、仕方ないじゃん」
「…うん。あ、試合は観れないけれど、応援してるから。頑張って」
「ありがとう、名前」

礼を言うと、彼女は少し嬉しそうに笑った。

それから話題がつきる事はなかった。今までの思い出がつまった箱を一つ一つ開けていく。
彼女といたのは三ヶ月と短い期間だった。すれ違いや衝突もあったけれど、でも彼女といた時間はすごく楽しくて幸せだった。


「送ってくれてありがとう」

駅に到着し、荷台から降りた彼女はふんわりと笑って礼を言った。鞄をカゴから出して彼女に渡す。彼女はそこからプリペイド型の乗車カードを取り出し、ポケットの中に突っ込んだ。

「もう行っちゃうんだね」

何だか急に寂しくなって思わず口が動いた。彼女は眉尻を下げて、少しだけ寂しそうに笑う。そうだね。彼女はそう言って目線を落とした。

「勇人、」
「ん、何?」
「最後にぎゅっとして」

言われた通り、彼女の体をぎゅっと抱きしめる。彼女も俺の背中に手を回して抱きしめ返してくれた。
周りに人はいない、俺と彼女の息遣いだけが聞こえる。暫くして、彼女は満足したのか手を解いた。俺も彼女の背中に回していた手を解く。

「ありがとう」

彼女は俺の手を取り、それをぎゅっと握って、すぐに離した。
そろそろ行かなくちゃ、と彼女はポケットからカードを出す。改札口に向かって歩き出した後ろ姿を目で追う。カード入れる直前、彼女は急に振り返った。

「またねっ!」

満面の笑顔を浮かべて彼女は大きく手を振って言った。それに応えるように、俺も大きく手を振る。

「またなっ!」

俺の声を聞いて満足そうに笑ってから、彼女は改札口を通っていった。


090830


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