一歩踏み出して


いつも遠くから見ていた。

委員会に行く時やよく迷子になる級友たちを捜しに行く時など、ふとした時に見かけるのは、縁側に腰をかけている姿。こんなところで何をしているんだろうと最初は思った。二回目には彼があの“彼”である事に気が付いた。


入学して一週間。一年生の中ですでにちょっとした噂みたいなものがあった。

“一年い組の名字名前は異常である。”

い組によると、彼は始終無表情で組に馴染もうともせず、逆にこちらから声をかけても反応が薄い、とずいぶんと希薄な人物らしい。全く人間らしくない、と彼らは言う。それに加えて毒虫好きの伊賀崎孫兵と同室ということもあって余計に気持ち悪がられていた。

しかし、彼は本当にその噂通りの人物なのか。富松作兵衛は疑問に思っていた。
遠くで見かける姿は、確かに一年生の癖に落ち着いているなとは思ったけれど、自分たちと同じ一人の子供だった。自分たちとは違うだなんて、そんな風には思えなかったのだ。
級友たちにそう言っても、彼らたちはい組が言うならそうに違いないと返すだけ。そこでさらりと流すことができれば良かったのだが、どこか世話焼きのところがある作兵衛は悩まずにはいられなかった。


偶然にも、入学してもうすぐ一月経とうとしていたところ、事は起こった。

「…すみません」

いつも通り体育委員会が破壊した備品を直していた時、用具委員会の前に現れたのは作兵衛が今までずっと気にかけていた人物、名字名前だった。今日は委員長が実習で不在だったため、四年生の食満留三郎が名前に用件を尋ねた。

「どうしたんだ?」
「…あの、これ」

そう言って彼は持っていた木製の箱のようなものを差し出した。

「図書室の貸出票入れが壊れて、先輩に用具委員会に直してもらうよう頼まれて、」
「ああ、これくらいならすぐ直る。ちょっと待ってろよ」
「…ありがとうございます」

名前はぺこりと頭を下げた。留三郎はにこりと笑ってその頭を撫でた後、早速修理に取り掛かる。

(…図書委員会なんだ)

桶を直しながら作兵衛は二人の方をちらりと見る。
無表情ってのは本当なのか?食満先輩と話している時も表情の変化なかったし…。
そう思ったが、いつの間にか手が止まっていた事に気付いて作業を再開した。

不意に手元が暗くなる。

視線を上げると、目の前には彼の姿。思いがけない登場に慌てる作兵衛を、さほど気にする様子もなく名前はじっと作兵衛の手元を見ていた。

「すごいね」

ぽつり、と名前は呟いた。一瞬何を言われたのか分からず、作兵衛が名前を凝視すると、彼の顔には微笑みが浮かんでいた。
終始無表情って言ったのは誰だ、人間らしくないって言ったのは誰だ、こいつは俺たちと同じように笑えるじゃないか!
妙な感動があって、居ても立ってもいられなくなり、作兵衛は名前に手を差し出した。一方、名前は作兵衛の手をまじまじと見て首を傾げる。

「お前、名字名前って言うんだろ?俺は富松作兵衛」

ずい、とさらに名前の方に手を出す。

「友達になろう」

作兵衛がそう告げれば、名前は一瞬ぽかんとしたが、すぐに頷いた。おずおずと作兵衛の手を握る。

「宜しくな」
「うん、宜しく、富松くん」
「作兵衛で構わねえよ、名前」
「…うん、作兵衛」

少し上気した顔で微笑む名前。作兵衛は嬉しくなり、名前にとびっきりの笑顔を見せた。

やっぱりこいつは自分と何も変わらない、同じ人間なんだ。


100425


ALICE+