01. 彼女という人


見知った姿が見えたから声をかけた。

「名字先輩」

その声に、少女――名字名前はくるりと後ろを向く。声をかけた少年の姿を確認すると、相変わらずの無表情のまま首を傾げた。

「どうしたの、伊賀崎」
「先輩の姿が見えたので、」
「へえ、そう」

興味無さそうに返事をして終了、名前は体を反転させて歩き出した。その姿を孫兵はじっと見つめる。

「名字先輩、」

もう一度、孫兵は名前を呼んだ。

「何?」
「何処へ行くんですか?」
「食堂だけど」
「僕も付いていっていいですか?」
「いいよ、別に」

再び歩き出した名前を、孫兵は追いかけるように駆け出した。



お互いに無言のまま、前後に並んで歩く名前と孫兵。
傍から見たら奇妙な光景だろう。でも、これで良いんだ。横一列に並んで歩いてみたいとは思ってみたけれど、孫兵はそう自分に言い聞かせて、前を歩く名前の後ろ姿をじっと見つめた。

「名字!」

もう少しで食堂というところで、二人の背後から声がかかった。
名前はくるりと後ろを振り向き声の主を確認した後、何か考えるように顎に手を当てた。

「…山田?」
「田村三木ヱ門だ!お前はいつになったら名前を覚えるんだ?!」
「…さあ」

首を傾げた名前に三木ヱ門は軽く目眩を感じた。

「…それは置いといて…、いや置いといては駄目なんだが、まあ良いだろう。山本シナ先生がお前を捜していらっしゃったようなのでそれを伝えに来た」
「そう」

三木ヱ門の言葉を聞いた名前は一つ頷き、孫兵の方に向き直る。

「伊賀崎、こういう訳だからシナ先生に会いに行ってくる」
「あ、はい」
「じゃ、また」

そう言って名前は駆け出した。孫兵はその姿が見えなくなるまでずっと見ていた。
はあ、と隣からため息が聞こえ、視線を移す。

「あいつ、相変わらず淡々としているな」
「そうですね」
「…伊賀崎は良いよな、名前覚えてもらえて」
「………」


覚えようという気がないのか、名前は人の顔や名前はいつまで経っても覚えない。それに対して自分や親の名前、実家までの道のりといった類のものは忘れない。まるで取捨選択して覚えているような――。

そんな至極極端な彼女が何故自分の名前だけは覚えてくれているのか。それは孫兵にも分からなかったけれど。

100505


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