06. 愛が九割、他一割


孫兵が告白して、振られたらしい。そんな情報が三年生の間で流れた時、皆最初に孫兵に好きな人がいたのかと思ったに違いない。俺も思った。
しかし、あの毒虫野郎と呼ばれている孫兵が恋だなんて、未だに信じられない。相手はいったいどんな人何だろうか。もしかして蛇顔の女とか?…あり得る、孫兵ならあり得る。
そこまで思考して、作兵衛は彼の自室の前で溜め息を吐いた。告白して振られた孫兵のとった行動、自室へ引きこもり。食堂にも行こうとしないため心配になった作兵衛は、どうにかして彼を部屋から連れ出そうとするが結果はご覧の通り。一歩も出てこない孫兵に作兵衛はどうしたものかと頭を抱えた。

「あのさ、孫兵、相手が悪かったんだよ。名字って言ったっけ、そいつが孫兵の魅力に気づかなかっただけで、」
「名字先輩を悪く言うな!」
「はい、そうですよねー!すみませんでした!」

慰めようとして名字(確かそういう名前の)先輩をちょっと悪く言ってしまえば、孫兵の怒りが飛んでくる。俺にどうしろと言うんだ、と自棄になっていると、廊下の向こう側からどてんっと何かが転けた音が聞こえた。視線を向ければ、そこには自分たちと同じ萌黄色の装束を身に付けた少年が一人。

「流石不運委員会」
「流石、じゃないだろう!?手を差し伸べることくらいしてくれたって良いじゃないか!」
「だって数馬だし」
「作兵衛酷い」

うつ伏せになりながらよよよ、と泣き真似をする数馬に作兵衛は呆れる。

「というか、何で数馬がここにいるんだよ」
「あ、そうそう、孫兵に伝えなきゃいけないことがあったんだ」

そう言って数馬は孫兵の部屋の前に移動する。作兵衛は何の話だろうと興味津々で数馬を見た。

「孫兵、そこにいるよね?」
「………」
「…まあ、返事してくれなくてもいいや。君が好きな名字先輩のことなんだけど、」
「!?」

数馬が名字という名前を口にした途端、部屋の中からがたん、と大きな物音がした。数馬は続ける。

「今日、突然倒れて医務室に運ばれてきたんだ。善法寺先輩は疲れが溜まっていたんだろうとおっしゃっていたから、すぐに目を覚ますと思うけれど、」
「…本当か?」
「嘘吐いたって僕には何も利益にならないだろう?」
「…そう、だな」

そんな呟きが聞こえた後、勢い良く部屋の戸が開いた。久し振りに見た孫兵は目の辺りが赤くなっていて、今までずっと泣いていたことが分かる。

「ありがとう、数馬。医務室に行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」

孫兵は駆け足で二人の前から去っていった。
後ろ姿が見えなくなった頃、作兵衛は本日三度目の溜め息を吐いた。

「どうしたの、作兵衛」
「いやさあ、この数日間何いっても部屋から出てこなかった孫兵が、名字先輩が倒れたって言っただけでこんなに簡単に出てくるなんて…、何だかなあ」
「作兵衛は孫兵のために毎日食事持っていってただろう?僕、作兵衛のそんなところがすごいなあって思うよ」
「ありがとう。でもやっぱり名字先輩には敵わないわ」
「そりゃあ、愛が一番だろうよ。特にロマンチストは」

孫兵って友人より毒虫を優先するところがあるからなあ。そう思いながら、作兵衛は数馬に別れを告げて自室へ向かう。試しに愛が一番でない孫兵を想像してみたけれど、違和感がありすぎて鳥肌が立った。


120403


ALICE+