05. 思考巡り


今日も愛するサチコ達の手入れをしようと用具倉庫に向かっていると、前方に見知った後姿が見えた。

「おーい、名字」

名前を呼ばれ、名前は声の方へ振り返った。そうして、あごに手を当て考える。

「…田中か?」
「田村だ!惜しいけど違う!」

名前はいつまで経っても自分の名前を覚えない。覚えてもらおうなんて、もう諦めた。
いつも通りの名前に呆れながら、ちょっとした違和感。周りを見渡せば、いつも名前の側にいる少年がいないことに気が付いた。

「伊賀崎はどうした?委員会か?」

そう尋ねると、名前の顔が若干曇った。いつも無表情な彼女にしては珍しい。

「喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩、ではないけれど」

そう濁す名前に三木ヱ門は、喧嘩ではないにしろ何かあったなと思った。しかし、名字と伊賀崎が一緒にいないなんて何だか変な感じがする。
三木ヱ門が色々と原因を考えている側で、名前がぽつりと呟いた。

「伊賀崎が会いに来なくなった」
「…へ、」
「理由は、多分、知ってる」

孫兵が自分に会いに来なくなったのは、きっと自分が孫兵を振ったから。けれども、人の顔や名前を覚えられない自分にとって恋愛とは理解しがたいものであり、このまま孫兵の告白を受け入れたら孫兵に迷惑がかかるかもしれないし、いけないだろう。そう思って断ったはず、なのに。

(……何だか寂しい)

孫兵と会わなくなってから、自分の胸にぽっかりと穴が開いた感覚が消えない。空しさというのだろうか。以前までは何とも思わなかったのに、この数日間もやもやしたものが自分の心に留まっていて、気持ち悪かった。
ぐるぐると思考を巡らせていると、何も言わなくなった名前を心配してか、三木ヱ門が声をかけた。

「名字、顔色悪いけど大丈夫か?」
「…平気」
「ならいいけど…、」

まだ何か言いたげな三木ヱ門に、視線を遣った。これ以上追究しないで。そう思いが伝わったのか、三木ヱ門はひとつ溜め息を吐くと踵を返した。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「ああ」
「…あまり無理するなよ」

遠ざかっていく田中(だろうか、もう思い出せない)の後ろ姿を見送っていて、ふと疑問が生じた。そもそも、何故自分はこうも物覚えが悪いのだろうか。昔の自分も物覚えが悪かったのだろうか。そしたら、何故伊賀崎のことだけは覚えていられるのだろうか。
いくら考えても正解に辿り着かない。
気持ち悪い。そう思うのと同時に、視界が暗転した。


120213


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