嫉妬の融解点

※「星空の下、距離を測る」と「苦しみを飲み込んで」が前提にありますが、単体でも読めます。


○月▲日
芥川先生は転生してもかっこいい。男前。
同じ場所で同じ空気を吸ってるなんて、信じられないレベル。転生してよかった。


○月☆日
今日、初めて芥川先生としっかりお話しできた。近くで見てもかっこいい。いや、近くだと更にかっこいい。
しかも、俺の名前を呼んでくださった。もう俺死ぬんじゃないかと思った。


○月▲×日
芥川先生はよく「たっちゃんこ」と呼ぶ。しょっちゅう聞いている気がする。そういえば、堀辰雄は生前から芥川先生の弟子だった。
ずるい。俺ももっと早く芥川先生に出会いたかった。「たっちゃんこ」なんて呼ばれてずるい。芥川先生の表情も俺の前とは違う気がする。

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芥川の声がした気がして、太宰は思わずそっちに目を向けた。やはりそこには芥川と、それから堀がいた。
視線に気付いたのか、堀は太宰の方を見た。そして、何のためらいもなく、太宰さんと声をかけてきた。
ちょっとしたきっかけがあって、話して、芥川も加えた3人でお茶をしてから、堀は太宰に普通に話しかけてくるようになった。
ずるいとか羨ましいという気持ちはあれど、太宰は堀を嫌っているわけではない。嫌なことを言われたこともないし、太宰を嫌うそぶりもない。太宰と芥川の会話を邪魔することももちろんない。

「食堂に行こうと思っていたんですが、太宰さんもお昼まだですか?」
「まだですけど……」
「じゃあ、太宰君も一緒に食べるかい?」
「はっ、はい!」

勢いよく返事をすると、芥川は頷き、堀は笑みを浮かべた。その顔をちらっと見て、この人は嫉妬とかしないんだろうかと太宰は思う。
芥川と2人で話したいとか、自分が一番の弟子でありたいとか思わないのだろうか。


「僕はそろそろ行くよ。午後から潜書なんだ」

食べ終えたところで芥川は思い出したように立ち上がった。太宰と堀は、お気を付けてとかなんとか声をかけつつ見送る。
芥川が食堂から出て行ったことを確認し、太宰は斜め向かいに座っている堀に視線を移した。
まだ食事を終えていない堀は、もう食べ終えた太宰が席を立たないのが不思議だったのか、手を止めてどうしたんですかと訊ねる。

「何でもないです」
「そうですか?」
「……前から思ってましたけど、敬語じゃなくていいですよ。俺の方が年下だったし、転生したのだって堀さんが先だし」
「太宰さんこそ、敬語じゃなくていいですよ」

確かに話していれば敬語が抜けることもよくあるし、堀はそれを気にしなかった。そうは言っても、やはり年上である。抜けてしまうのは仕方ないにしても、失礼な気がした。

「志賀さんも呼び捨てにしてましたし、僕も全然……」
「それはまた別だからな!」

堀より年上ではあるが、何かと因縁のある志賀を引っ張り出されては困る。まさか、堀から見ると自分は全く礼儀がなっていない人という評価にでもなっているのだろうか。

「……何か言いたいことがあるんじゃないかなと思ったんですが、僕の気のせいですか?」
「言いたいことというか、ただ、堀さんは嫉妬とかしないのかと思って」

訊かれたのだから言ってしまおうとさっき考えていたことを口に出すと、これは予想外だったらしく、堀はきょとんとした顔で太宰を見た。嫉妬?と口の中で小さく繰り返した後で、困った顔で誰にですかと言った。

「だから、芥川先生と2人で話したいのに、太宰が邪魔だとか思わないのかってことだよ」

堀はやっぱりきょとんとしていた。案外、太宰なんて眼中にないとか思っているんじゃないだろうなと考えつつその顔を見ていると、堀は邪魔だとは思いませんよと笑った。

「芥川さんは楽しそうだし、太宰さんのことも面白い子だって褒めてたし……芥川さんが楽しく過ごせるならそれに越したことはないです」

にこにことそう言われては、そうですかと返すほかない。何度か話した今、堀が気弱だとは思わないし、むしろ頑固な部分もあるとは思うが、基本的に誰に対しても優しいのだ。これは人から好かれるわけだと納得してしまう。
織田から栄養ドリンクをもらったのだという話をされた時には、まだ飲んでいないことを確認し、慌てて織田にさすがに堀さんにそういうのは駄目だろと言いに行って笑われた。
そんなことしたら、怒る人がたくさんいると言われてやっと気付いた。三好も室生も怒るだろう。そんなに仲良かったん?と訊かれて、別にと答えたものの、仲が悪いというわけでもない。自分も普通に心配するくらいには堀を好いているのかもしれないと思う。

「それに……」

堀は何か言いかけたが、途中でやめてしまう。微かに見えた寂しげな表情が気になって、それに?と太宰は促してみるが、堀は小さく首を振った。

「いえ、何でもないです」

ごちそうさまでしたと丁寧に手を合わせた堀は、もう話は終わりとでも言うように立ち上がってしまう。引きとめる言葉も見つからず、太宰は黙っているしかなかった。

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堀は補修室に入ろうとしていた。芥川が喪失状態になったと聞き、様子を見に来たのだ。今までにも何度かあったし、用事がなければ顔を出していた。

「芥川先生」

ドアを開けるのとほぼ同時に太宰の声がして、堀は足を止めた。自分と同じように太宰も来ているらしい。出直そうかと考えた時だった。

「太宰君、一緒に死のうか」

びくりと体が震えた。大きな声ではなかったのに、やけにはっきりと聞こえた。


『俺はどうせ駄目な奴だよ。死ぬしかない、もう死のう……』

太宰が補修室で休んでいた時を思い出す。太宰はそう繰り返していた。今は喪失状態ではないはずだが、不安が胸をよぎった。

「それが無理なら、僕は眠るから、その間に絞め殺してくれないかい」

太宰の返事は聞こえない。堀は動けなかった。

「僕は何のために生きているかわからないよ」

耳を塞ぎたくなった。そんなの聞いたことがなかった。芥川は弱音を吐くとしても、頭が痛いとか疲れたとか言うくらいだった。少なくとも堀の前ではずっとそうだった。
「今は死のうとは思っていない」と芥川が言ってくれたのは、もう随分前になる。あれは自分が言わせたのではないかと堀は思った。生きて欲しいと望んだから、芥川は堀の前で弱音を吐かなくなったのではないか。

「芥川さん……」

ぽつりと名前を口に出す。芥川を傷付けるのが怖かった。彼の負担にはなりたくなかった。だから、芥川が転生したばかりの時は接し方に困って、避けるような形にもなってしまった。
今はもうそんなことはないが、いつの間にか、自分の気持ちが芥川の負担になっていたのではと不安になる。何となく苦しくなって、堀は一歩後ずさった。太宰が何か答える声がしたようだが、聞き取ることはできなかった。
堀は静かに補修室から出た。すぐ近くの壁に背中を預け、大きく息を吐く。何かから逃げるように強く目を瞑ると少しは気が楽になった気がした。

▲ ▼ ▲


太宰はベッドの横に置いてある椅子に座っていた。先ほどまで一緒に死のうとか絞め殺してくれとか言っていた芥川は静かに横になっている。
喪失状態になった時、そういう気分になるのはわかりすぎるくらいにわかる。太宰もそうだ。でも、それがすぐに消え去る気分であることも知っている。だから、消え去るまで芥川の気をそらすことくらいしかできないのだ。

「たっちゃんこ」

消えてしまいそうなくらいの声だった。不意に呟いた芥川はぼんやりとしている。こんな時もそばにいて欲しいのは堀の方なのかと複雑な気持ちになったが、仕方がないのだろう。

「堀さんですか?呼んできましょうか?」

立ち上がりかけた太宰に芥川はゆるゆると首を振ってみせた。予想と違う反応に太宰は首をひねる。

「たっちゃんこが来たような気がしただけだよ」
「え?」

ベッドのまわりにあるカーテンを少し開け、顔を出してみたが、堀の姿はなかった。ただ、補修室に入る時に閉めたはずのドアは開いていた。しっかり閉めていなかっただろうかと思いながら、芥川に向かって「いませんよ」とだけ言った。芥川は何も言わずに目を伏せてしまう。

「やっぱり呼んできましょうか?」
「いいんだ。僕が弱っているのを見るの、嫌だろうから」
「嫌って……」
「嫌というか、怖がると思う。僕が死ぬのが怖くて、置いていかれるのが怖い。仕方のないことなんだろうけどね」

どこか悲しそうにそう言った芥川は目を閉じた。太宰は立ち上がり、開いたままのドアを閉めようとした。やはりまだ気になって廊下の方を確認してみるが、堀はいなかった。芥川の気のせいだったのだろうと判断し、ドアを閉める。
もう一度芥川のそばに戻ると、もう眠ってしまったようだった。眠れるのなら、それに越したことはない。起こさないようにカーテンを閉め、補修室を後にした。
太宰の頭から離れないのは、さっきの芥川の悲しげな顔と、堀の顔に一瞬見えた寂しげな表情だった。芥川と堀は親しい関係なのだと思っていた。屈託無く堀を呼ぶ芥川にも、嬉しそうに応える堀にも、暗いものなんて見当たらなかったから。

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嫉妬なのだろうかと堀は思った。太宰のことが羨ましいのだろうか。いや、嫉妬はもっと激しい感情のはずだ。しかし、他に当てはまる言葉も見つからない。
側にいさせてくださいと芥川に言ったことがあった。もし、それさえ芥川の負担になるのなら、どうすべきなのか。芥川を傷付けてしまうのは、追い詰めてしまうのは、堀が一番恐れていたことだった。
太宰には芥川の気持ちが理解できるのだろうか。堀には、生前の芥川の選択が正しかったようには思えない。自分はどう転んでもその選択をしたくないし、しないだろうと思う。それはずっと変わらない。
羨ましがったって仕方がないのに。太宰のようになることなんてできないのに。こうやってぐるぐる思い悩んでしまうのは悪い癖だと思う。悩んで悩んで身動きがとれなくなる。それを知っているから、芥川はもう悩まなくていいし、言いたいことは直接言えばいいと手紙をくれたのだろう。
考えすぎたのか、頭がぼうっとしてきた。眠ってしまおうとぼんやり思い、自室のベッドに潜り込んだ。少し眠れば、また気分も変わるだろう。目を閉じてしまえば、眠気に包まれたような気がした。


目を開けた時、部屋は暗かった。空腹を感じるし、喉もかわいていた。少し休むだけのつもりが、深く眠ってしまったらしい。身体に痺れのような感覚があったが、ベッドを抜け出して伸びをすると、頭もはっきりしてきた。ただ、眠る前の悩みも一気に戻ってきた。
明かりをつけて時計を確認すると、夕食の時間はとっくに過ぎていた。ご飯が残っていればおにぎりにするんだけどなと考えながら食堂に向かう。
空腹だと考えが悪い方向にいくと誰かが言っていた気がする。とりあえず、何かお腹に入れよう。悩むにしてもそれからだ。

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「堀さん……堀さーん」

呼びかけながらノックしてみるが返事はない。夕食の時にも姿はなかった。彼と親しい人には一通り声をかけたつもりだが、皆見ていないと言うばかりだった。芥川にはたっちゃんこ知らない?と訊かれた。
芥川や中野も気にしていたようだし、一足早く部屋を訪ねて、もうどこかに行ったのかもしれない。別に自分より堀と親しい人間なんて何人もいるのだから、ここまでする必要はないのではと自分に問いかける。
それでもここに来たのは、あの寂しげな表情が気になるからだ。
迷った挙句、ドアノブを回してみる。鍵はかかっていなかった。難なく開いてしまったから、どうしていいかわからなくなる。

「堀さん?」

部屋の中は暗かった。明かりをつけて部屋を見回すが、堀はいなかった。きちんと整理されている中で、ベッドだけが少し乱れていた。皺の寄った布団に目をやると、たった今まで使われていたような印象を受ける。
一応机の上に書き置きか何かないか確認してみるが、字で埋まった原稿用紙しかなかった。鍵をかけ忘れただけで、誰かと出かけたのかもしれない。きっとそうだ。悪いことをした気がして、慌てて部屋を出た。

心配する必要はないと思うのに、なぜか落ち着かない。自室に戻る気にはなれず、ふらふらと歩いていると、いつの間にか食堂の方まで来ていた。
夕食の時間は過ぎているが、明かりがついている。残って酒を飲んでいるのだとしたら、絡まれるのは避けたいところだ。しかし、それにしては静かだった。
恐る恐るのぞいてみる。1人ぽつんと座っているのは堀だった。他には誰もいない。

「……へ?」

間抜けな声が出た。その声に反応したのか、堀が顔を上げた。太宰の姿を認めると、繕うような笑みを浮かべる。

「太宰さん?」

近づいてみると、堀の前にはおにぎりと漬物、緑茶があった。夕食を食べそびれたから自分で作ったのだろう。

「珍しく夕食の時いなかったから、気になってたんです。芥川先生もたっちゃんこ知らない?って訊いてきたし」
「ごめんなさい。少し休むつもりが、すっかり眠ってしまって、さっき起きたんです。あ、お茶飲みますか?緑茶なんですけど」
「大丈夫です。どうぞ気にしないで食べてください」

普段通り気を回す堀にそう答えてから、向かいの椅子に腰を下ろす。ゆっくりとおにぎりを口に運ぶ堀をちらりと見つつ、何から話そうか考える。

「堀さん、補修室に来ました?」

目を見開いた堀は思い切りむせた。切り出し方を間違ったらしいと気付くが言ってしまったものはどうしようもない。緑茶を飲んで落ち着いたらしい堀は、若干涙目だ。

「え、えっと」

わかりやすく動揺する堀を見て、この人こんなにわかりやすかったかと首をひねる。

「俺が見たわけじゃないんですけど、芥川先生が堀さんが来た気がするみたいなこと言ったので」
「太宰さんの声がしたので、すぐに引き返しました」

ああ、嘘をついたなとはっきりわかった。瞳が不安げに揺れている。芥川も堀も太宰に打ち明けるつもりはないのだろうか。表情は隠しきれていないのに。
踏み込むべきではないのかもしれない。太宰は芥川と堀の関係をよく知らない。師弟関係にあって、芥川は堀を可愛がっていたし、堀も芥川を慕っていた。そのくらいだ。部外者が中に入ったら、拗れる可能性だってある。

「そういう顔するから」
「え?」
「芥川先生も、堀さんも、そういう顔するから。俺が首突っ込むべきじゃないってわかってても、普通に気になるだろ!」

よくわからないが怒られたのだろうかと堀は目をぱちぱちさせる。勢いで怒鳴ってしまったものの、何も言えなくなった太宰は下を向いた。

「変な顔してました?」
「変じゃなくて、辛そうな顔なんだって。なんか言いかけてやめた時もそうだった」

ゆっくりと顔を上げた太宰は真っ直ぐに堀を見た。目をそらされるかと思ったが、堀は見つめ返してきた。

「……僕が近くにいることが芥川さんの負担になっているんじゃないかと思って。太宰さんと一緒にいた方が、芥川さんにいいんじゃないかと……」

予想していなかった言葉。堀が芥川の負担になるなんて考えたこともなかった。芥川の方から堀に話しかける方が多いし、義務感から話しかけているわけでもないだろう。何を言い出すんだと思ったが、堀の顔は至って真剣だった。

「そりゃまた……なんでそう思うわけ?」
「僕が生きて欲しいって言ったから、それが多分、負担なんだと思います」

補修室に来たことは認めたし、あの会話も聞いていたのだろうと太宰は納得した。それは芥川は堀の前で死にたいなどとは口にしないかもしれないが、堀が責任を感じる必要はないと思う。
芥川だって普段からそう思っているわけではないはずだ。太宰自身もそうだから、多分間違っていないだろう。喪失状態になった時に心が弱って、ついそっちに傾いてしまうだけだ。
むしろ、普通じゃない状態なのに、堀にはそれを見せないというのは、それだけ堀を悲しませたくないということではないのか。まあ、それを気を遣わせてしまっていると捉えるのかもしれないが。

「堀さんを悲しませたくないだけですよ。負担に思ってたら、あんなに声かけたりしませんって」

自然と励ますようなことを口にしてから、あれと思う。堀が芥川から離れた方が、太宰としては芥川と親しくなれて得かもしれない。ずっと羨ましかったじゃないか。
でも、考えてみると、羨ましがって遠くから芥川と話す堀を見ていた頃より、堀と普通に話すようになった今の方が芥川との距離も縮まって、話しやすくなった気がするのだ。

「俺は堀さんのこと羨ましいと思ってたし、ずるいとも思ったし、今もまあ少し思うけど、堀さんが芥川先生を尊敬してて、大切に思ってるのもわかるから、嫌いじゃない。それに、芥川先生に楽しく過ごしてもらいたいなら、堀さんもいないと駄目だろ」

しばらく黙っていた堀は嬉しそうに微笑んだ。

「太宰さんの、そういうところ好きです」
「は?」
「考えていたことを全部言ってくれるところ」
「……馬鹿にしてます?」
「してませんよ!本当にいいなって思っただけです」

慌てて首を振る堀を見ていると、なんとなく笑えてきた。何をやってるんだろうなと思う。でも、これでいいのだろう。余計なことも言ったかもしれないが、間違ってはいない気がする。

▲ ▼ ▲


「芥川先生のこと避けるのは絶対駄目ですから」

そう念を押す太宰は真剣で、太宰が転生する前、芥川が転生したばかりの頃は避けるようなことをしてしまったと打ち明けたら、本気で怒られてしまいそうだなと思った。
邪魔だと思わないのかと訊いてきた太宰の方が、堀を邪魔だと感じたことがあるのだろうし、もっと芥川に近付きたいのなら、堀のことは放っておけばいいはずなのに。羨ましいと思っていたと肯定した上で、芥川を避けるなと言うのだ。
やっぱり太宰は優しいのだと思う。優しいから、色んなものに引っ張られて、色んなものを気にして、たまにひどく不安になってしまうのかもしれないと思う。だから、誰かに認めて欲しいという気持ちが強い。そして、他人の不安な気持ちがよく理解できてしまうから、弱っている人を放っておけない。
太宰は堀を優しいと評するが、堀から見れば太宰も優しい人だ。

▲ ▼ ▲


光が眩しい。堀はゆっくりと目を開けた。カーテンの隙間から光が射し込んでいる。体を起こしたところで、ノックの音が響いた。朝から部屋を訪ねてくる人はあまりいない。誰だろうと考えながら返事をしてドアの方に向かう。

「おはよう、たっちゃんこ」

芥川の声に急いでドアを開けた。寝起きだったため、深く考えずにドアを開けてしまったが、まだ何の支度もしていないことに気付いて恥ずかしくなる。

「お、おはようございます。どうしたんですか?」
「用がないと駄目かい?」
「あの、今起きたところで……すぐに支度するので、ちょっと待ってもらえますか」

芥川は頷いてくれたが、師を廊下で長く待たせるわけにはいかない。すぐに顔を洗い、着替えを済ませた。

「すみません、お待たせしました」

芥川はにこにこしたまま堀に手を伸ばしたかと思うと、頭を撫でた。撫でられるのは珍しくないし、何度子供扱いはやめて欲しいと言っても聞いてくれそうにないので、おとなしくしていると芥川の手が止まる。

「あ、直った」
「え?直った?」
「うん、寝癖がついていたから」

何でもないように言われて、顔が熱くなる。急いで支度したとはいえ、寝癖がついているのに気付かないなんて。

「言ってくれればよかったのに」

言いながら心配になって頭に手をやると、芥川は可笑しそうにもう跳ねてないよと言う。

「朝食を一緒にどうかと思って。いつもの時間だとたっちゃんこはもう食べ終わってるから、早めに来たんだ」

朝起きるのが苦手な芥川がわざわざ早く起きる理由がわからないでいると、それに気付いたのか芥川が口を開いた。

「昨日の夜はいなかったし、もしかしたらまた避けられてるんじゃないかと思って。朝なら油断しているだろうからね」
「油断って……。避けてませんよ。昨日はちょっと眠ってしまっただけです」

昨日太宰と話したおかげか、普通に話せていることにほっとする。食堂で太宰と会わず、あのまま悩んでいたらぎこちない態度をとってしまったかもしれない。
芥川も変には思わなかったのか、納得した様子で普段と同じように話し始めた。

▲ ▼ ▲


食堂に並んで入って来た2人はいつも通りだった。昨日の自分はこうなることを望んでいたはずなのに、なんだか拍子抜けしてしまう。結局、太宰が口を出さなかったとしても、こうなっていたのかもしれない。
そう考えると、あの2人も案外傍迷惑な師弟なのではと思わなくもない。他の人に言っても理解してもらえないかもしれないが、少なくとも太宰は振り回された気がする。

「どうしたんや百面相して」
「何でもねーよ!」

向かいに座っていた織田から訊かれるが、説明する気にはなれない。また堀のことを羨ましがってるとでも思われているのかもしれないが、全然違う。

「おはよう、太宰君、織田君」
「おはようございます」
「おっ、おはようございます!」

いつの間にかすぐ近くに来ていた芥川と堀から挨拶され、慌てて挨拶を返す。尊敬する芥川から声をかけてもらえただけで、大体の不満は吹き飛ぶ。それに、昨日のことがあるからか、堀が少し決まりが悪そうな顔をしているのを見ると、傍迷惑かもしれないけど、まあいいかと思えるのだった。

かなり前にpixivにあげたもの。3人がこんな関係だったら可愛いねって話。


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