青くない水槽に住み着く二人


夜になってから太宰は汐音の部屋を訪ねた。ノックすると既に風呂を済ませたのか普段よりラフな格好の汐音が、驚いたように太宰を見つめた。

「太宰君?こんな時間にどうかした?」
「こんな時間って、これより遅い時間に家に招かれたこともあるんだけど?」

口をぱくぱくさせていた汐音は諦めたように太宰を部屋に入れた。あの時は躊躇いもなかったし、赤くなってもいなかったから、反応の差が新鮮で太宰は少し嬉しかった。

「してもいい?」

いつかと同じ言葉を投げかけた。しかし、汐音は思い切り首を横に振って後ずさった。さすがにそこまで全力で拒否されるのはショックだった。

「無理、恥ずかしい」
「意味わかんないんだけど……」

だって、一度したじゃないかと太宰は思う。初めてだけどと言いながら、受け入れたじゃないか。あの時はよかったけど、今は駄目とはどういうことなのか。もう不安も寂しさもないから、必要ないのか。

「だって、あの時は近いうちに死ぬつもりだったから、死ねば恥ずかしいことも全部消えるし」
「嫌じゃなかったって言っただろ」
「嫌じゃなかったけど、でも、こういうのって、本当は好きな人とやることでしょ?勢いでやることじゃなくて……」

目に見えて太宰が肩を落としたからか、汐音は口をつぐんだ。落ち込んでいるように見えた太宰は次の瞬間には不機嫌になっていた。

「え、なに、マジで言ってる?」
「な、何が?」
「俺が汐音のこと好きじゃないと思ってる?」
「……うん」

太宰は大きな大きなため息をついた。それは確かに好きだと口に出したことはなかったかもしれない。しかし、ある程度は察するものだろう。太宰は好意を隠していたつもりなど微塵もなかった。

「一緒に死のうとしたんだから、責任持って面倒見ろって言われても、どうでもいい奴ならどうにかして逃げるし!俺、そんなに優しくないから!汐音だからこうやってるの!」

汐音は目をぱちぱちさせたあとに真っ赤になった。これ、本気でわかってなかったやつだと太宰は呆然とした。ごまかそうとしたわけでもなんでもなく、汐音は太宰の好意に気付いていなかった。

「え、だって、私なんか……その、魅力も特にないと思うし」
「あー、もう、好きなんだよ!一緒に生きようと思ってるの!わかった?」
「う……私も好きです」

太宰はさっきの勢いを失って赤くなったかと思うと、嘘だろと呟いた。

「今言う?このタイミングで?」
「間違ってた……?」

恐る恐る聞いてくる汐音に間違ってはないけどと返す。そのまま、ベッドに汐音を押し倒すと、彼女は慌てて起き上がろうとした。

「好きな人とやるんでしょ?」

さっきの言葉を持ち出して黙らせた。そっと口付けると、汐音は何も言わずに小さく頷いた。

◯ ● ◯ ● ◯


「行かないで!」

ああ、また魘されていると太宰は目を開けた。彼女にとって『あの人』は相当に大きな存在なのかもしれない。

「行かないで、太宰君……」

続いた言葉に耳を疑った。今まで『あの人』に向けられていた言葉が、自分に向けられている。

「行くわけないだろ。ぼっちは寂しいからな」

そう答えた時、ふと汐音の首に目が行った。薄っすらと、普通なら気付かないくらい微かにまだ首を絞めた痕が残っていた。それをなぞるように指先で撫でる。汐音は小さく身をよじり、目を開けた。
その瞬間に赤くなった汐音は太宰から距離をとった。とはいえ、狭いベッドの中だ。それほど動けはしない。

「恥ずかしい……前よりずっと恥ずかしい」

お互いのことが好きだとわかった上でするのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。
あの時はよくわかっていなかったし、太宰も今回のように見せつけるような、そういうことをしているのだと汐音にわからせるようなことはしなかったし、いちいち声を掛けてくることだってなかった。わざとやっているのだ。

「ふーん、よくなかった?」
「……意地悪」
「さっきも言っただろ、俺はそんなに優しくないって」
「……恥ずかしいって、生きてるってことだなと思った」
「ん、そうかもな」

太宰は笑って頷く。間違ってるとか、正しいとか、そういうのはどうでもよかった。こうやって2人で生きていくのだから。一緒に生きていきたいと思うから、大丈夫だ。

170826
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