剥がれゆく青はやがて白く
羨ましいなと少し思ったのを覚えている。後ろから太宰と叫ぶ必死な声が聞こえて、ああ、この人にはこんなにも心配してくれる人がいるんだと。
そんなことを太宰に打ち明けたら、知らないけど、きっと汐音が大切に思ってた奴なら必死に止めただろと返された。そこでハッとしたのだ。何も考えずに、今まであの人を苦しめることをしてしまっていた。こんなことを望んでいたはずがないのに。
そうしたら、急に涙が出てきた。最後に泣いたのがいつなのかも思い出せないくらい久しぶりに、声を上げて泣いた。何かがぷつんと切れたようだった。太宰はなんで泣くの、俺悪いこと言った?などと慌てながらも、あやすように頭を撫でてくれた。
「でもさ、俺も心配するから」
「え?」
「汐音のことを心配するって言ってんだよ!汐音が生きててよかった」
「一緒に死のうって言ったのに?」
「お前だって俺が無事か聞いたくせに」
おかしくなって、声を上げて笑った。死のうと思っていたのは嘘じゃない。でも、本当は、心の奥底では一緒に生きたいと思っていたのかもしれない。
◯ ● ◯ ● ◯
「汐音」
太宰が声を掛けると、汐音は顔を上げた。食堂から持ってきたあんぱんを見せると、嬉しそうに笑う。
「ちょうどお腹すいてたんだ」
「そりゃ昼過ぎなんだから腹も減るだろ」
汐音はそれほど苦労もなく図書館での仕事に慣れたようだった。つい最近入ったとは思えないような仕事量をこなしている。司書は太宰に言い方は悪いけど、いい拾い物をしたともらした。
俺のおかげだと思わない?と聞いたら、問題を起こしたことは忘れないようにと釘を刺されたが、司書は満足そうだった。だから、これでよかったのだろう。汐音も忙しそうではあるが、どこか楽しそうに見えた。
「食堂来ればいいのに」
「人が多いの得意じゃないし……」
「俺と一緒なら平気でしょ」
「太宰君には太宰君の人間関係があるんだから、私に合わせる必要ないよ」
仕事には慣れても、図書館に馴染んだかと言われれば微妙だ。人付き合いはそれほど得意ではないらしく、与えられた部屋に閉じこもっていることの方が多い。
最初の頃、汐音が図書館で働くことに太宰の友人が反対したのもあるのかもしれない。また一緒に死ぬとか言い出したらどうするんだと言われて、司書が引き離すよりまとめて目が届く場所に置いた方が安全だなどと説得したし、結局、決定権は司書の側にあるから問題はなかったのだが。
ただ、最近は人当たりのいい文豪や、外見が子供の文豪に声を掛けられているのを見るから、そのうち馴染むだろうと太宰は思っていた。
「仕事は?」
「ん?」
「汐音が無理してるようなら報告するように言われてんの」
「無理はしてないよ。仕事で評価されるの嬉しいし」
その言葉に嘘はないのだろう。以前よりずっと生き生きして見えるし、表情も豊かになった。
評価されたり、認められたり、必要とされるのが嬉しいというのは、今までそれを実感できていなかったせいかもしれない。
人間失格だ、自分は駄目な奴だなどと太宰のようにはっきり言うことはないが、たまにぽろりと自分を卑下する言葉を口にすることはあった。これまで見えていなかった部分も含めて、自分と汐音は似ている部分があるのだろうと太宰は思っていた。
「ならいいけど。司書さんも喜んでたし」
全部俺のおかげだなと軽い口調で言ってみたら、そうだねと普通に頷かれて、冗談のつもりだった太宰は戸惑った。
「太宰君に会えてよかったし、ここに置いてもらえてよかった」
そんな大層なことはしていないし、ここに置くことを決めたのは司書だ。なんとなく気恥ずかしくなって、ごまかすように自分の分のあんぱんを齧った。
170826