神室町のラブホ街、ありふれた一室に、伊織はいた。
 実際は「いた」という言葉ではまったく足りないのだが、実に……彼女は見知らぬ男と騎乗位を楽しんでいるところであった。

 彼女にとって騎乗位はいつものコースだ。
 相手の男性は彼女の暗がりで揺れる大きな乳房や彼女のナカの感覚に夢中になるのだ。
 そこで天に昇らせてあげるのが彼女の仕事であった。


「伊織ちゃん、伊織、」

 そこで、男の声はふと無くなる。
 伊織が背後から出した細身のナイフが今日のターゲットの喉を切り裂いたからだ。

 セックス中で一鼓動の血液輸送量が多くなっている、かつ騎乗位は動けなくなるから。
 少しの力で動脈を掻き切るだけで、馬鹿な男は叫び声もあげられずに目を見開いて絶命するのだ。


 余りにもぱっくりと開いた首から勢いよく吹き出すから、毎回ぐっしょりと生臭い血を被るのが嫌だけど。


 伊織はよっこいしょ、と中からまだ硬さの残るイチモツをズルリ、と取り出し男の上から退くと、血塗れの裸姿のまま部屋の電話を手に取った。

「終わったわ。シャワー浴びるさかい、入ってなおしといてー。」

 ガチャ、と受話器を置き、鼻歌交じりでシャワールームへ向かう。


 今日の男はえらく従順でやりやすかった。

 この前なんか騎乗位の前にバックで散々スパンキングされて、つい手にかけるときに両手首も削いでしまった。
三つの首から血を出して。自業自得やわ。



 殺し。それが伊織の仕事であった。

 伊織はヤクザお抱えの殺し屋なのだ。






 シャワーを浴び終えると、既に組員が死体を袋に詰め終え、部屋の清掃を行っているところだった。


「姐御。 おつかれさんです。 親父が連絡寄越せ言うとりましたが」

「えーッ何やの。 うちもう寝るよって」

「そうは言わずに。 おそらく姉御に自慢したいやつがおるんですわ」

「自慢したいやつー? ……なんや、とうとう自分にソックリの犬飼うたんかいな」

 土佐犬やろか?とまで続けると、隣で処理をしていた若衆が聞き耳を立てていたのか吹き出し、すかさず伊織と話していた兄貴分からゴンッと拳が飛んだ。

「テメェ、聞いてんとちゃっちゃとなおせボケ!」

「す、すんません……!」


 嫌やわーコワイわー、と、先ほど人を一人殺した女が独り言ちた。


「せやけどまあ、姐御の言うてることも案外正しいかもわかりまへんなあ」

「あ?」

「何や、お気に入りの犬ができたらしいですわ」

「ほう? ……もしかしてそれやったらうちのことイビり倒すん辞めてくれるんちゃう?」

「そりゃ姐御……親父は姐御のこと溺愛しとりますから。 無理なことですわ」

「なんっでやねん!!」

 はー……面倒くさ。わかったわかった、電話すればええねんな。ったく、これでまた寝室連れ込まれたらうちのケツ穴保たへんからな!

 ブツブツと呟きながら、バスローブ姿で電話をかける。程無くして、伊織を抱える主人――嶋野に繋がった。


「おう、伊織。 調子はどうや」

「まあええで。 今日は偉い楽やったわ」

「それは残念やなあ」

 クックッと電話の向こうで笑う声が聞こえる。

 趣味わるっ。まあ言わんけどな。うち大人やし。

「ほんで? なんや犬飼うたんやって?」

「せやねん。お前に会わしたろおもてなあ」

「あー……何。いつも通り帰ったらええの?」

「おう。 組で待っとるからはよ帰ってこい」

「へいへい。 ほなまた」


 仕事報告だけなら、しないことの方が多い。
 そのまま貰った勝どきのマンションに帰って死んだように寝るのがいつもの流れだが、嶋野は時々仕事後の伊織を抱きたがるから、このタイミングで組に顔を出すのは面倒くさいという印象しかなかった。

 そんな寝取られが好きな嶋野のことだ。
 今日紹介されたその犬と寝ろ等と言われることも……無い。無いけど、0%とは言えない。

 めんどくさー。

 今度はハッキリと口に出して、伊織は血塗れの部屋から出るべく身支度を始めたのだった。