「ただいま戻らはりましたー」
ふらっと帰ってきた伊織が部屋に入ると、そこには嶋野ともうひとり、件の男がいた。
「伊織、ご苦労やったな。 ほれ、こいつが言っとった奴や」
「ん? なんや、全然土佐犬ちゃうやん」
「あぁ? おどれ誰が土佐犬やねん」
「……もうええわ。 えーと、兄ちゃん? 顔上げ。」
「……」
「……お前何わろてんねん!!」
一向に顔を上げず下を向いたまま動かない男を嶋野が訝しげに見ると、さっきの土佐犬の話でか、男はフルフルと肩を揺らし顔を上げられずにいるようだった。すかさず嶋野のゲンコで突き飛ばされ、やっと笑いは収まったようだ。今度は顔を真っ青にして「すんませんッ!!!!」と叫んだ。
「ワシは真島吾朗、言います。 よろしゅうお願いします姐御!」
再びガバッと頭を下げられる。
「ほー。なるほど、ひょろっこいドーベルマンやねぇ。 ええやないの」
「フン。 まだまだ教育が足りひんけどな」
「そらそやろぉ。 いちんちふつかで完璧やったら気持ち悪いわ。 なあ?」
伊織の問いかけに真島はやっと顔を上げ、恐縮です、と言った。
「うちは伊織。 見込まれるんも重くて嫌やなぁ? ま、きばりや」
「め、滅相もございません」
「うんー……? なあ、真島くんも関西の人間ちゃうの?」
「せやな」
「ほーっ。 ほうかほうか。 直していくんやったら大変やねえ」
「姐御も、そうなんですか」
「まあねー。 この人に矯正されたわ」
「お前が勝手にそうなったんやろが」
「あー……? ちゃうやろが! あんたが関西弁やないとなんや気持ち悪いって言うたんやないの!」
「覚えとらんわ」
「ギーーッ!! そんなん言うんやったら急に標準語に戻したるからな!? ええんやな!?」
「やれるもんならやってみい」
「おーおーやったろうやないかワレェ」
「もう無理そうやないか」
「……無理やない!! ……よ!!」
「……真島お前またわろてるやないか!!!」
今度はすんませんッ!!!! と叫びながら真島くんがぶっ飛ばされた。
……少し責任を感じる。
「それにしても、真島くん男にしては別嬪さんやね」
「せやろ?」
ニィ、と嶋野が笑った。
「ちょっと頭は足りひんけど、伊織の好きそうな顔や思てな」
ああ、それで紹介したいん言うたんか。
……ん?これ数%の予想当たる流れか?
「嫌やわぁ、うち柏木くんみたいなインテリっぽい見た目が好きなんやで?」
「どの口が言うてんねん」
よりによって風間のところの若造かい。
「それを言うたらあんたが好きそうな見た目やないの。 真島くん、お尻には気ぃつけ? かわいそうになあ」
「それやったらお前にも似てる事になるやないか」
「……」
「……」
「……こ、光栄です」
「……」
何やのこの人。急に口説いてきてアホなんちゃうの。黙ってしまった自分もごっつムカつくわ。真島くんがちょっとズレたフォローを入れてくれたけど。
「……うちもう眠たいんやけど寝てええ?」
「おう。 寝とけ」
「……ほな真島くん、なんか気ぃ遣わせてごめんな。 これから嶋野のこと、よろしゅう頼むわ」
「はいっ。 ありがとうございます!」
ほなおやすみー。と手を振りながら寝室に向かう。
とりあえず真島くんと寝させられるルートは回避できたわけやな。仕事の後なんだし、もう寝よ寝よ。
伊織はその場から立ち去ったので、残った面子の方が気まずい空間になっていたことまでは、知り得ないのであった。