出逢いから運命じゃなかったなんて言わせない。
思えばすべての凹凸がもともと一つであったかのようにぴたりとくっつくだけだった。
そんな彼が、死んだはずはなくて。
何処かで生きていればそれでいいと思っていた。
否、必ずまたどこかで会うと確信していた。
それでも我慢ができないのは、誰の所為だ。
桐生は龍司を失った後、モンサンミッシェルに。沖縄に身を置いた。
それは遥のためであったし、丁度いい話が来たからであったし、己のためであった。
眠らない街。神室町には、喧嘩も多いが色事も多い。桐生はそんな街に中学を卒業してすぐに染まった。
人に殴られる、人を殴る。
人に犯される、人を犯す。
食い物にされた人が別の人を食い物にする。
神室町では誰もが命の炎を強く灯し芯を減らしているか、もしくはもう既に尽きているかだった。
桐生はまだ16歳。周りの大人は桐生を護ったが、それでは防ぎきれないほどの波が年端も行かぬ彼を幾度となく襲った。
好奇心でふと手を出すと、闇は無限に湧いた。
神室町の住人になるということ、そしてヤクザになるということは、そういうことだった。
もみくちゃにされ、組み伏せられ、殴られて殴り方を知った。
道を間違えただけで貞操を失った。襲われて抱き方を知った。
そして桐生は、悪ではなかった。
こんな街で、善であろうと思った。
「……あんた、もうちょい自分のこと大切にでけへんのか。」
龍司はかつて桐生にそう言った。
大阪城で千石をその手で投げ落とした後だった。
人ひとりの命を簡単に摘んで捨てた人が何を言うのかとその時は思ったが、今思えば龍司は桐生の応龍の鱗に染み込んだ痛みを見てそういったのだと解る。
桐生は世間で言う、主人公だった。
それは恵まれていることであり、すべての中心であり、そしてすべてを受け入れるために、空虚であった。
何も疑うことなく人の幸せを願い、己の幸せを顧みたことがなかった。
やっとだ。
やっとここへきて、桐生は自分を護るために神室町から離れた。
それは龍司の言葉を、噛み締めたからであった。
沖縄での日々は、一見すると確かに桐生を浄化させていった。
子供に囲まれ、時計に追われず、寄せては返す波の音を聞きながら生きていた。
決して退屈ではない。
数年後のことではなく、今日一日のことを考えて生きていく。子供達のことを思うと、自分が生きてきた意味を実感できて心の底から満たされた。
しかし時々。夜になると彼のことを思い出す。
それまで桐生のことを抱く人間は己の欲望を満たすことが第一の人たちばかりだったから、蒼天堀で初めて龍司に見つめられ腰を寄せられたときは、それが何を意味するのか受け取るのに時間がかかった。先程まで互いの魂を喰らわんと一も二もなく殴り合っていたのに、桐生の腰を抱く龍司はもう答えを見つけた上で意味をもって優しく距離を詰めたのだ。
桐生はと言えばやや遅れて龍司の顔が近いことに気がついたくらいだった。
「……おい」
「なんや」
距離は変わらない。龍司は答え合わせをしようとしていた。
「……何のつもりだ」
桐生の胡乱げな鋭い眼が龍司の瞳を貫いた。
「……何や、わかっとらんのか」
あんた、鈍いんやな。
そう言うと龍司はス、と腰に回していた手を降ろした。
「……どういうことだ」
ハン、と龍司は鼻で笑い、それくらい自分で考えぇ、と呟くと身なりを整え去っていった。
喧嘩の後で、まだ身体が熱い。
桐生は暫く立ち止まって、最後の数十秒の出来事をぐるぐると思い出していた。