それからしばらくして、神室町に戻った桐生はそれでも最後の問いかけが判らずVantamでスコッチを引っかけながら龍司のことを考えていた。

 右手で殴り飛ばしたときにハラリと落ちた金色の前髪。自分がダウンし立ち上がるときに見上げた彼の笑み。座るときまで王者のように何の迷いもないガッシリとした腰から降りて……。

 ふとあの時己の腰に回った彼の手の体温の記憶がそのまま躰に火を付けた。
 ……酔っているのかもしれない。

 頭を振り残りのウィスキーを流し込もうとグラスを手に取ったくらいで、カランカラン、と、グラスのアイスの音にしては大きな音が鳴った。


「探したで」


 一瞬焼きが回ったかと思ったが、期待を込めて振り向いた先には龍司がいた。



「マスター、こいつが飲んどったのと同じやつ……なんや、空くやないか。 二つくれや」

 龍司は桐生のグラスを見て隣にドカッと座った。

 もう帰ろうと思っていたのに。
 口には出さないが。

「えらい湿気た顔して飲んどるなぁ」

「……お前が来るまではそんなことなかったんだがな」

「ほう……。ほんまかいな」

「……」

 また答えが出ない。

 そんな桐生を龍司は口の端で笑った。

「嘘をつくのはそら得意やないやろな」


 嘘をついているわけじゃない、が。


「……なあ、ええ加減答え教えたろか。」


 マスターが寄越したグラスの中で、透き通る氷が黄金色の液体に溶け出して揺らめいていた。






 龍司が連れてきたのは、神室町から出たあたりの高級ホテルだった。

 どうやら龍司が宿泊しているホテルのようだ。そりゃラブホ街に連れて行かれても困るが、ノコノコと黙って着いて来てしまってどちらにしろバツが悪い。


「入れや」

 聞き慣れた言葉を龍司が口にすると、これまで同じようなシチュエーションで誘われた行為の数々を思い出して身体がぶるっと震える。
 桐生は搾取されることに慣れてしまっていた。


「……なんちゅう顔してんねん」


 ハ、とフラッシュバックしていた記憶から現実に戻ると、龍司がこちらを見つめていた。

 背中はまだ閉めたばかりの扉に凭れていて、火照った身体から熱を奪っていくのに、龍司の視線がずっと油を注いでいるようだった。温度差にくらくらする。

 暫く見つめられ目を離せないでいると、不意に龍司が腕をこちらに伸ばした。

 酔っている所為だ。動けない。

 そのままそろそろと腕を掴まれ、優しく抱き寄せられた。


「りゅう、じ」

「……ワシはずっと待っとったんや」

 きゅ、と龍司の腕に力が入って、先程まで冷えていた背中にも熱が伝わった。
 嗚呼、これは。これは知らない。この熱は。

「桐生はん、」

 ワシが大切にする。

 龍司はそう桐生の左耳に直接流し込むと、更に力を込めて抱きしめた。
 普通の女の子なら悲鳴を上げるであろう締め付け具合であったが、桐生は好意が質量をもって与えられたことに愕然としていた。痛いが、これが、龍司の、言葉の意味。

 グリ、と己の下腹部に格別熱いものが当たった。

「すまん、、大切にしたいんやが」


 桐生も龍司も、もうとっくに沸騰しきっていた。