「遅いわ、ほんまに」
嘲笑うと窓から外をツ、と覗く。
この銃弾を打った人間は敵ではないのか。
「伊織!!!!」
部屋のドアは開けられたというより、ブチ壊されたように吹き飛んだ。
「嶋野ォ!! 死ね!!!!」
しっかり背後に物騒なオマケ付きだ。
状況を見るにこの件、狙われたのは私ではなく嶋野組。ならば。
伊織はそのままガラス片を跨ぎ、身体を窓の外へ投げ出した。
私が足手まといになる訳にはいかない。
「伊織!! おどれぇ!!!」
フフ、喚いとる喚いとる。
嶋野、アンタがそんなにうちのことで騒ぐ姿を見られるなんて。
こりゃ死んでもええかもな。
なーんて。
ラブホテルの横はあまり綺麗でないゴミ捨て場になっていた。ゴミ置きボックスの硬いカバーに身体を添わせながら受け身と呼べるか分からない程度の受け身を取る。
3階なんて楽勝やないか。どうせならもっとリッチな部屋取りゃええのに。 いけずやわ。
「姐御!!!」
ああ、真島くん。
下で待機やったんやね、と口に出そうとしたが、喉が枯れたのか、気力がなくなったのか、一切音にならなかった。
その瞬間、私が落ちてきた部屋から叫び声と共に人が落ちてきた。
「姐御!! 危ない!!!!」
真島くんに引っ張られ転ぶ様に人を避ける。
直後、足元にダァン!と音がして相当な重量のあるハンマーが落ちてきて、私はとっさに足を引いた。
8……。
8と表記がある。
「……ッおいテメェ嶋野!!!!!!!!」
ハンマーを投げ落とした犯人に向かって勢いよく叫んだせいで、隣の真島くんがビクッ!と身体を震わせた。
ニョキ、と3階の窓から目を血走らせながら当の嶋野はこちらを見下ろしていた。
「うちの脚が危うくおじゃんになるとこやったやろが! どう落とし前つけてくれるつもりや!? ええ!?」
8ポンドの大ハンマーを3階の高さから脚に喰らってみろ。切断必至だ。
「……なんや、脚なんかない方が大人しゅうなってやりやすいと思ったんじゃがのう。 しくじったか」
「ッ……このろくでなし! 殺してやるから降りて来な!!!」
ガハハハ、と嶋野が笑いながら窓の中へ消えていった。
敵は全滅できたのだろうか。
隣で狼狽える真島くんを横目に、私は安堵と痛みでもう一度意識を飛ばしたのだった。
ふと目を醒ますと、私は病院の一室で、点滴に繋がれていた。
身体全部が重く、動かせる気がしない。
「あっ、姐御! 目ぇ覚ましたんですね!」
親父呼んできます!
そう叫んで真島くんが部屋を出ていった。
長いこと寝ていたのか、やけに病室の光が目に染みる。
「伊織。」
程無くして、病室の扉を開け嶋野が入ってきた。
意識を飛ばす直前のやり取りが思い出される。
「すまん。 巻き込んでしもた」
「……いや。気にしてへんで。 寧ろ、タマ取り損ねてしもうて」
「ちゃうねん。 ワシがお前を使って彼奴等をおびき出すつもりやったんや。せやけど、ワシも脇が甘かったみたいや。 お前をそないに傷つけて……」
大きくて硬い嶋野の手がこちらへゆっくりのばされた。
ス、と頬を撫でられるが、思っていたよりもザラザラしていたのは私の肌の方だった。
「やんちゃで敵わんな。お前は」
嶋野の顔が、何か困った事があるかのように歪んだ。
組長がそんな顔したらあかん。
「ほうか。 そんなら、うちもケジメつけるとかやないんやな」
作戦通りに立ち回れたんやったら、安心したわ。
「伊織。 お前、やっぱり殺し屋なんて仕事辞める気にはなれへんのか」
「何言うてんの。 私から仕事取ったら何も残らんやないの」
「……ほんまに脚ちょん切った方が良かったかもしれんのう」
馬鹿なこと言うね。
笑い飛ばしてくれないなんて、アンタらしくないやないの。
嶋野がそっと私を抱えてくれたから、私は胸の温かみを感じながらこの人を支えていきたいと思い直したのだった。
外ではバタバタと、「子供たち」の走る音が聞こえていた。
Fin...?