茹だるような夏の暑さが続いている。
7月半ばになり海の日が近づくと、その年は夜でも暑い熱帯夜が続いた。
桐生一馬が住んでいるのは、静かな住宅地にある小さな木造のアパートだった。エアコンは勿論ついていない。とてつもない暑さの日は、桐生も仕方なく窓を開け放ち極力服を脱いで過ごすしかできなかった。
――10105 0106
(イマドコ マッテル、か)
その日桐生はキリトリを済ませ、幼馴染であり兄弟である錦山彰にポケベルで呼び出されていた。
(セレナ前だな)
連絡通り、約束のセレナ前に錦は既に立っていた。
遠くから近づくと、隣の女性に何やらしきりに話しかけられているように見える。しかし錦山は無視を決め込んでいるのか、煙草をふかして俯いているようだった。
機嫌が悪いのか?
そんなに待たせてしまっただろうか。
「桐生!」
しかし顔を上げこちらを見つけた錦は、機嫌の悪さなど微塵も感じられない屈託のない笑顔で桐生を呼んだ。
どうやら勘違いだったらしい。
「おっせーよ。いつまで待たせる気なんだよ」
「悪い。金運ぶときにチンピラに捕まっちまった」
「おうおう。チンピラもよく桐生なんかに声掛けるよな。かわいそうに」
「アイツらは目がついてねえんだよ」
チャリ、チャリ、と会話しながらも錦山は右手で彼の愛車のキーを弄んでいる。こいつは最近買ったばかりのお気に入りらしい。
「そういや錦お前、さっき女に話しかけられてなかったか?」
キョロキョロと多少見回してみたが、先ほどの際どい服を着た女性はどこかへ消えていた。
「あ? 何だよそれ。身に覚えねぇよ」
「そうか? なら良いんだがな。錦が女を無視するなんて、レアなところ見ちまったと思ってな」
「そうそう。見間違いだろ?」
本当に心外だという面持ちで錦が訴えてくる。ならば見間違いだろう。違う誰かに話しかけているのを錦に話しかけていると思い込んだのかもしれない。
「今日なんだけどよ、お前んち行っていいか?」
「いいけど、うちはクーラーないぞ」
「わーってるよ。キンキンに冷えたもの買っていこうぜ。ビールとロックアイスと……。お前も飲むだろ?」
ああ、と答えながら、桐生は家に残っている酒の種類を思い出していた。
「あちー」
「……」
錦は桐生のアパートに着くなりシャツを脱ぎ捨て、これ借りるぞ!と叫びながら桐生のタンスからグレーのTシャツとハーフパンツを取り出した。錦と桐生は背格好がほぼ同じだが、身体の細さがどこか違うらしく、選ぶシャツは桐生の方がワンサイズ大きくなる。
暑いのか、髪をまとめて後ろで一括りに上げてしまっており、正直、彼女面の度が過ぎている。
桐生は心の中で溜息をついた。格別錦のことを意識しているわけではないが、際どい格好で彷徨かれると変な気分になりそうで嫌なのだ。しかし今回の酒代もつまみ代も――いや、正直毎回錦に出してもらっている以上、この部屋で寛ぎすぎるなと言える立場に無いことは自覚していた。目が奪われそうになるが、うなじに流れる汗も含めてあまり見ると毒なので自分もさっさと着替えて見ないフリをした。
「やっぱエアコンつけるか……」
「お前んちじゃねーんだから付けなくたっていいだろ」
「だって遊びに来たとき暑すぎんだもんよ」
「文句があるなら来なくていいぜ」
「はいはい、言うだけ無駄無駄」
小さく映りの悪いブラウン管をBGMのように流しながら、桐生と錦の飲み会はいつものように始まったのだった。