その日は、桐生さんがホテル前まで迎えに来てくれることになっていた。


 沖縄も3日目で、昨日お昼下がりに食べたフルーツタルト専門店のタルトがどうしたらいいかわからないくらいに美味しかったので、午前中にそこへ行きアサガオへのお土産用に購入しておいた。

 昨日買ったワンピースは着てしまおうか辞めようか迷ったけど、沖縄のこの暑さにピッタリの涼し気なライトブルーのワンピースだったから、もう着てしまおう、出し惜しみせずに楽しもうという気持ちになった。

 仕事の連絡が来ないというだけでもテンションは上がっていくのに、朝起きる度に感じる眩しすぎる太陽に、既にここから離れたくない気持ちが我儘を言い出しそうになっていた。

 でもきっと、たまに来るからこれだけ楽しめるんだろうな。

 最高の思い出を作ってまた仕事に帰らないと。


 そんなことも考えていては気分が落ちそうで、とにかく今はおじゃまする準備を。
 優しいインカントチャームの香水を手首に振ったところで、桐生さんからの電話が鳴った。

「竹中、おはよう。 下についたんだが出られるか?」

「桐生さん、おはようございます! 出られます! 今降りますね」

 つば広の白い麦わら帽子も、昨日買ったものだ。被ってサンダルを履こうとして、タルトを冷蔵庫に入れたままだということに気づいて、慌てて引き返した。


 桐生さんはロビーで、相変わらず気の抜けたアロハシャツを着て待っていた。今日は緑だ。








「はじめまして。 おじゃまします。 あの、よかったらこれ……みんなで食べてください」

 大きめのフルーツタルトを遥ちゃんに渡すと、わああ!これ有名なところのやつだよ!と喜んでくれた。
 うそ!やったー!と横に走ってきて覗き込んだのは綾子ちゃんと言うらしい。
 主に女子ウケが良かったみたいだけど、男の子も「ケーキ!?」とこちらに聞いている。よかった。

「ありがとうございます! すぐ切り分けますね。 どうぞあがってください!」

 パタパタと台所へ向かう遥ちゃんを、泉ちゃんが追いかけていった。

 私が感心して思わず横に立っている桐生さんを見上げると、みんないい子たちだろう、と誇らしげに笑っていた。

 遥ちゃんは何歳なんだろう。みんなしっかりしている……。
 自分はたまたまここにいるだけなのに、桐生さんのこの子達に対する愛情や遥ちゃんの支え。ここにいる子どもたちの未来を考え、少しうるっとしてしまったのだった。






 フルーツタルトを皆で食べたあと、私と桐生さんは縁側に座って涼んでいた。

 縁側からはきれいな砂浜と海が見えて、そこで遊ぶ太一くん、宏次くん、三雄くんのプロレスごっこを見守っていた。

 庭先では泉ちゃんがマメと遊んでいて、エリちゃんと理緒奈ちゃんがそれを見守りながら何やら人形を使って遊んでいるみたいだった。


「すごいですね。」

 ふと口に出ていた。

「?  何がだ。」

「桐生さんですよ。 私のこと、こんなにお節介焼いてくださって、一体どんな方なんだろうと思ってましたけど、こんなに素敵な子どもたちを育てていて。」

 ああ、と桐生さんは肯定か納得かわからない音を漏らして、また海の方を見た。


 女の子たちは遥ちゃんの影響をかなり受けているのかもしれないが、男の子の目指すところはやはり桐生さんなのかもしれない。
 プロレスごっこは元気でたくましくてときに荒々しくて、どこか桐生さんっぽさを感じる。

 桐生さんは今のところ荒々しさというものを私に見せていないけど、沖縄に来て最初の日の夜にホテルまで送り届けてくれる最中。私が急に横路地から出てきた男の人に話しかけられ手を掴まれた瞬間に、振り返った桐生さんはもう人を殴る構えをしていた。
 それを見たチンピラは「なんだよ、冗談じゃんか」とパッと手を離し去っていったけど、桐生さんはその後小さく舌打ちをして、「大丈夫か」とだけ聞いてきた。

 人良さそうにずっと見えていたけど、なるほどカタギじゃなかったというのはその瞬間すぐに納得できた。誰かを護るためには強くなくてはいけないのかな。
 桐生さんの背中はすごく広くて、肩もがっしりしている。身体のパーツ一つひとつが鍛えられているのもわかる。

 ……私も何か習おうかな。


「伊織、」

「へ?」

 考え事をしてしまっていて、桐生さんに名前を呼ばれて我に返った。

「ああ、すみません。 ちょっとボーッとしてました。 何でしたっけ?」

「伊織から言ってきたんだろう。 ……まあいい。 そろそろお腹も落ち着いたし、泳ぐか?」


 そうだった。沖縄に行くんだったら、海に入らないと。
 そもそもそういうつもりで来たんだった。

 私は子供につられたのか元気よく「泳ぐ!」と言うと、ちょっと洗面所お借りしてもいいですか?と尋ねた。

「ああ、好きに使ってくれ」

 私は持ってきたバックを掴むと、桐生さんに案内されて洗面所に入った。
 見ただけで綺麗ってわかる海だもん。楽しみ。


 私は、水着に着替えて、上からちょっと大きめのTシャツを着た。