沖縄料理は口に合わない人もいると聞いていたが、やはりお店を慎重に選んでいただいたのだろう。
ソーキそば、チャンプルー、ラフテー、口に合わないなんてとんでもない、とてもとても美味しくて、私は沖縄にいる間にここにまた来ようと誓ったのだった。
男の人と食事を摂るのは久しぶりだったけど、桐生さんはどこか毒のない表情をするし、期待を求めるような言動も一切感じさせなかったから、父親か……あるいはお兄ちゃんのように気楽にお話ができた。
ここに来るまでは沖縄の話を中心にメールのやり取りをしていただけだったから、桐生さんがどんな人なのか、私はやっとここで答え合わせができたのだった。
「ええ? 子供が9人もいるんですか!?」
「ああ。 あと一匹な」
「すごい賑やかそうですね!」
小学生並みの感想だったが、驚いてすぐに口に出てしまった。
「賑やかだし、まあ、とっちらかって大変だな」
フフ、と笑う桐生さんからは、父性というよりは母性に近いものが滲み出ていた。
ああ、なるほど。この人は善悪がわかった上で、正義を行使できる人なんだな。
素敵だな。
そう思った瞬間、近くから男の人の声が聞こえた気がした。
――そうだろ?だからお前に……
「え?」
箸をつけていたゆし豆腐から咄嗟に顔を上げたが、桐生さんが一拍置いて「ん?」とこちらを伺うだけだった。
聞き間違いかな。
念のためゆっくり店内を見回してみたが、男の人が近くに来た様子も、誰かがこちらを気にしている様子も見受けられなかった。
「いえ、なんか聞き間違いしたみたいです」
と、再び桐生さんの方を向き直して息を呑んだ。
桐生さんの表情が、なにかおかしい。
「桐生さん?」
しかし名前を呼び始めたときには、桐生さんは元の柔らかな表情に戻っていた。
眉を少し下げながら、「どうした?」と落ち着いた声で聞いてくる。
……何がおかしかったんだろう。
長時間飛行機に乗ったあとだから、私は疲れているのかもしれない。
そう思った瞬間、私は何に違和感を持ったのか、そして先程聞こえた幻聴がなんと言っていたのかももう、全く思い出せなくなっていた。
「いえ。 ……もしかしたら少し疲れてるのかも」
ははは、と笑って、でもこれほんとに美味しい!と食事に戻った。
今までメールでは、桐生さんは養護施設の管理人だとばかり言っていたから、てっきりオーナーか用務員か、本当に「管理」をしている人なのだと思っていたけど、話を聞いていくうちにそれはもはや管理人と言うより、所謂「園長」らしかった。
一番上の女の子は遥ちゃんといって、他の子のお世話もできるから助かっている。大人は一人だけど、みんなで協力し合って楽しく生活している。そして彼もまた、親がいないのだと言う。
桐生さんはずっと神室町にいて、あまり大声で言えないような世界で苦労してきたようだ。
そんな風にはもちろん言っていなかったけど、「アサガオ」の子どもたちについて話すとき、一人ひとりに愛情を注いで寂しくないように考えているのが伝わってきた。
男手一つで。すごく大きな手だな。
私が旅行代理店で一生懸命沖縄のコーナーを見ていただけで、ここまでしてくれるような人だ。さしずめ聖母が何かだろう。人のために何かすることを厭わないこの手が、どことなく羨ましくもあった。
お腹いっぱい美味しい沖縄料理を食べて、少しだけ泡盛を飲んでしまった。
桐生さんはホテルまで送ってくれた後、明日は何をするんだ?と聞いてきた。
「ショッピングしようと思ってます! キャリーバッグも半分空けてきたので」
回りたいお店に目処をつけてきていた。何も買えなくても、ぶらぶらするだけで価値があるだろう。
「そうか。 楽しめるといいな」
じゃあ、また連絡する。
そう言って桐生さんは踵を返した。
「あ、あの!」
何を言うために引き留めたのか、一瞬自分でもわからなかった。
「あの、明後日、アサガオに遊びに行ってもいいですか。」
遥ちゃんたちにも会ってみたいし、向かいにある砂浜も興味があるし。
そう矢継ぎ早に続けると、桐生さんはこちらに向き直って、
「ああ、勿論いいぜ。Tシャツを用意しておくんだな」
と笑った。
じゃあ、おやすみ。
おやすみなさい。
桐生さんの話を聞いているうちに、私はアサガオの皆に会いたくなったんだな。海に入れるということもあって、私は楽しみでしょうがなかった。
明日はアサガオの皆にお土産も買おう。お邪魔するんだし、ちょっといいものを買っていこう。
私は浮いた足取りで部屋に戻ったのだった。
こんなにワクワクする旅行は、
何年ぶりなんだろうか。