直前に行ったサラ金のおじさんに拠ると、スカイファイナンスはほぼ闇金のようなところだという。何時から何時まで営業してるのかもわからないけど、すっかり日の暮れた夕方、俺は天下一通り路地裏の階段を4階分上っていた。

「あれ? お客さん?」

 ドアを開けると、男の人がソファーに座って何かを読んでいるところだった。こじんまりした事務所だ。

「あの、スカイファイナンスって……ここで合ってますか?」
「ええ。……あ、どうぞ」

 先程男が座っていた向かいのソファーを勧められる。

「失礼します」

 キョロキョロと見回すが、事務所の中には彼以外に人影がなかった。

「あ、実は今日事務の子がお休みで。私が社長の秋山です。」
「あ、中村譲です。」

 反射的に名乗り返してしまう。……社長。この人が。何処か人懐っこそうだけど、腕が立つんだろうな。

「で? 今日はご融資の件でご相談ですか?」
「あ……はい」


 俺がスカイファイナンスを訪れたのは、俺の信用情報にとっくに傷がついた後だった。

 こんなこと言うと、何で金が必要になったんだよ、とか、信用情報って何だよ、とか、まあ色々疑問はあると思う。……あんまり思い出して落ち込みたくないから完結に言うと、新卒で入った会社で先輩に連れられてキャバクラに行ったら好きな子ができてツケが大きくなった。その子は急に店を辞めた。で、借金ができて新卒だから前年の収入もないし借金の作り方も良くないしで今3件融資を断られた。融資を断られると何が起きるかっていうと、「こいつ融資を断られましたよ!」っていう情報がつく。つまり今俺は融資を3件断られた代紋を背負って歩いてる。これは傷……だよね。傷が付いてる。……これが治るまでは、どんどんお金が借りづらくなるってこと。……言ってて辛くなっちゃったな。こんな感じの内容を、秋山さんに、説明した。

「なるほどね」
「俺なんか傷がつく、とかわからなくて……さっきの金融でそのことも教えてもらったんですけど」
「時既に遅し、だね」
「はい……」

 あー、サツキちゃん……何で居なくなっちゃったんだ。

「君……中村くんだっけ?」
「……はい」
「何でそんなにその子に肩入れしちゃったの」
「わかんないです。女の子とあんなに楽しくお話できるの初めてで……。俺のこと好きなんだなって思ってたのに……」
「はぁ。 君、男子校出身とか?」
「え"っ。なんでわかるんですか?」

 秋山さんは、まあ、ね、と笑った。やっぱりすぐ分かってしまうものなんだろうか。

「で? いくら借りたいの?」

 ここに来たんだから、お金借りに来たんでしょ?と秋山さん。そうだ。

「えっと……150万」
「ふうん。それでそのキャバクラのツケがチャラになると」
「キャバクラっていうか……なんか代理?のよくわかんない男の人達に請求されてるんですよね。実際はそんなに使ってないんですけど……」
「はあ。……じゃあ、急がないと利子も大きくなりそうだね」
「はい……」

 もう、ここらへんに関しては完全に俺が世間知らずだとしか言いようがない。違法なのかどうかもよくわからないし、とにかく怖い。

「だから……貸してください。お願いします」

 秋山さんはいい人そう。多分大丈夫。あの男の人たちよりこわくない。

「うん。いいよ」
「ホントですか!?」
「ただ、うちはお金を貸すときにテストを受けてもらうんだけど……それはできそう?」
「できますッ! 受けさせてください!」
「……そう」

 じゃあどうしようかな……と秋山さんは目を泳がせた。

「君、俺のこと抱ける?」
「……は?」

 スカイファイナンスがテストを課すことは聞いていた。ゴミ拾いとか肉体労働とか、ボランティアとか、女の人は風俗で働くとか……そういうのは覚悟してた。全然身体動かすし!それであの怖いオッサンたちとおさらば出来るなら!……と、思ってた。でも、秋山さんの言った言葉はちょっと、予想を超えたというか……え?秋山さんを??

「ちょ、ちょっと言ってることがわからないんですが……。お、俺って秋山さんを抱けるものなんですか?」
「……いや、こっちが聞いてるんだけど」

 え。……あ、そうだよな。

「えっ、と……」
「駄目ならお金は貸せないからね」
「えぇ?」

 テスト、これなの?打診とかじゃなくて、これ?

「あの……俺、その。普通の、やつもやったこと無いんですけど……」

 恥ずかしながら……とか前置きすればよかった。いや、でも俺の言ってることここに来てから全部「恥ずかしながら」だ。恥ずかしながら……って言いながらドアを開けるべきだった。

「だろうね」
「……え?」
「だから言ってるんだけど」

 目を白黒させている俺を見ながら、秋山さんは煙草を取り出した。なんか……大人な感じに笑う人だ。心が、モヤッとする。

「で、どうなの? できるの? できないの?」

 綺麗な指で火をつけて、煙草を一息吐いた秋山さんが聞いてくる。答えを待たせているこっちが悪いことをしているみたいだ。

「……やってみます」

 勃つか勃たないか。というかどうやってやるのか。俺は目一杯のAVの知識を掻き集めてやってみるしかなさそうだ。

「そう」

 じゃあ、俺優しいから。電気消すね? と、秋山さんが立ち上がった。