2時間程のレースは、マクラーレンの優勝で幕を下ろした。アクシデントが多く、ルイス・ハミルトンが優勝したがもう一人のフェルナンド・アロンソはパンクでリタイア。トヨタはイマイチな成績だった。

「耳がジンジンするな」

 ゲートに向かってのんびり歩いていた。人混みの中で峯に向かって笑いながらそう伝える。思っているより楽しかったが、思っているより五月蝿かった。世界の音がぼんやりしている気がする。

「流石に音が大きかったですね」

 よく観に来ているわけではないのか、峯も顔を顰めてそう言った。

「……すみません、もう一箇所だけお付き合いいただけますか」

 何か思い切った表情で、峯は続ける。



「だから車で来たのか……」

 飛行機から降りた後、ここからの移動手段は何だろうとぼんやり考えていた。しかしそんな大吾の目の前に、峯愛用のランボルギーニが登場するとは。ずっとこいつと一緒にフライトを楽しんでいたのだ。
 わざわざ車も運んできたのには何か訳があると思っていたが、これが理由か。
――鈴鹿ツインサーキット
 先程見た鈴鹿サーキットから後部座席に乗り数十分。デジャヴュかと思うくらいの看板に運転手の我儘を感じた。ほんと……ガキだな。心の奥底でそう思って、笑った。俺もだ。

「大吾さんも運転しますか」

 バックミラー越しに目を合わせて峯が真剣な表情で聞いてくる。

「この車を? 嘘だろ? 俺は他人の物を壊す趣味はない」

 バックシートで踏ん反り返って軽口を叩くと、どこか気を抜いたように峯が鼻で笑った。峯はそのまま運転席を出ると、ヘルメットやらグローブやら、スタッフから説明を受けに向かった。暫しの間の、待ちぼうけ。峯がドライブを楽しんでいる間、俺はどこで待っていようか。……。

「……大吾さん?」

 スタッフと峯の元へ、車を降りて近づいた。サーキットの地面は熱を帯びて、さっきの会場よりずっと熱く感じる。

「俺も乗る」

 訝しげな目で見ていた峯の眉が跳ね上がった。……確かに跳ね上がった。数ミリほど。

「乗客への注意点を教えてくれ」

 その反応に思わずニヤけながら、スタッフにそう問うた。



 後部座席に乗ると思っていたらしい峯の予想を裏切り、助手席に入り込もうとすると、峯が慌てたように助手席の周辺のものをばさばさと掴んだ。纏めてトランクに仕舞うようだ。

「大吾さん、そこで大丈夫ですか」
「後ろより前の方が楽だろ。……ですよね?」

 シートベルトを調節するスタッフにヘラリと笑いかけた。先程から峯が何だか焦っているようで、見ているだけで面白い。

 峯は諸々準備を整えて運転席へ乗り込むと、隣に座る俺に再度ぎょっとした。何だこれ。笑っている俺と、怖い顔をしている峯。数秒無言で見つめ合ってしまった。

「なんですか」

 何見てんだよ。……メンチを切る時の言い分だ。

「何でもねえよ」

 嘘。何でもなくはない。峯が困惑しているのを見るのがこんなに楽しいなんて。

「……そうですか」

 峯は乱雑にハンドルを握り直すと、車を発進させた。……怒っている?
 厳ついエンジン音がワーワーと騒いで加速を感じ始めた頃、峯が「だいごさんのいのち、」と口元だけで呟いたのを、今度こそ何故か一回で聞きとれてしまった。



「つかまってください」


 俺はもうつかまってるんだけどな。

 黄色いランボルギーニはサーキットを走り出した。