どこでも真島。そう一部の人間に言われるほど、真島は桐生の行く先々どこにでも現れては喧嘩を吹っかけている。……その筈だった。近頃は真島が現れる間隔が伸びている気がする。心当たりが無いわけでもなかった。桐生が数日前に相談した内容のせいだろうか。
 今日に至っては昼下がりから寧ろ桐生が真島を捜し神室町を駆け回っていた。どこにも、いない。ともすると神室町をぐるぐると、お互いを探していたちごっこのように回っているのかもしれない。仕方なく神室町ヒルズの前で目を光らせて待つことにする。



「兄さん」

「桐生チャン! 桐生チャンの方から話しかけてくれるなんて嬉しいのう! なんや、喧嘩か? それとも喧嘩か? もしかして……喧嘩やな!?」


 人の波の中に見つけた真島に桐生はどこか違和感を覚えた。が、急いで駆け寄り話しかけてみるといつもの彼だった。


「喧嘩はいいが、終わったら話がある」

 すでに拳を構えた桐生が話しかける。

「あぁ? 何や面倒くさいのぅ。まあええわ。思いっきり楽しもうやないか!」


 そう叫ぶと道行く人々が驚き退いた。
 二人の喧嘩が華開く。











「ほんまごっついわ……腹開いてへん?」

 喧嘩は桐生の勝利であった。今日は珍しく桐生も刃物を持っており、真島の腹には刺し傷が刻まれている。先ほどまで周りを囲んでいた野次馬共も、決着がついたと知りパラパラと散っていく。

「開いてる。今日はすぐに帰られないように深めに刺した」

「何してくれてんねん……」


 道理で痛い訳だ。


「兄さん、前話したことなんだが」

「……」

「そろそろ返事をもらえないかと思って」


 返事がないことを良いことに、まだ地面に仰向けで転がっている真島に桐生が跨る。


「兄さん、好きだ」

「ちょっ、ちょちょちょ、やめえや! 周り人おんねんぞ!!」


 まだ息も絶え絶えの真島を抱え込み顔を寄せる桐生に、離れていった野次馬が興味を取り戻したようだ。いくらなんでも、性急すぎる。

「見せモンやないんやから……」

「オイ、見せモンじゃねえぞ!!」


 弱々しく呟いた真島の声を遮って、桐生一馬が取り巻きに恫喝した。あまりの大声に、地面に貼り付けられたままの真島の身体は骨伝導なのかビリビリと戦慄いた。人が散っていく、が、別の意味で目立った。


「見せモンにしてんのは桐生チャンやないか! もうええから退けや!」

「……逃げないか?」

「逃げへんわ……腹にバンソーコ貼らしてや……」

 バンソーコじゃ済まねえと思うぜ、と言いながら退く桐生に、引っ掻き回されてるな、と真島は小さく苛立った。







 §



「……で、何て?」

 とりあえず、と痛みを引きずって来たのは、真島建設の事務所であった。仮設のプレハブだが二階建てになっている。腹の傷は包帯でぐるぐる巻になっていた。真島は桐生から与えられる傷を治療する度に、喧嘩の内容を思い出してほくそ笑む小さな楽しみがある。――が、当の本人が目の前にいたのではそれも叶わなかった。


「兄さんが好きだ」


 初めてその意志を伝えられたのは2週間前のことであった。その時は、「かもしれない」と言っていたのに。完全に油断しきって教習所で習ったことを忘れてしまっている。


「……はあ。何でそないなこと急に思ったんや」

「急に……?」

「急やろ? ちょっと前までそんなんなかったやないか」

 とりあえず、今まで聞けていないきっかけを確かめる。まだ真島の中では腑に落ちぬところがあった。


「そうだな……少し前に夢に兄さんが出てきて」

「ほん」

「朝抜いた」

「急やな」

「……」

「そしたら何や、それから忘れられん、ちゅーやつか」

「……」

「ヒヒッ、桐生チャンは子供やのう」


 安心した。こんな様子じゃ、桐生は血迷っているだけだ。自分が数年抱えてきた、それでもひた隠しにしてきた劣情を、こんなぽっと出のガキなんかにひっくり返されて、たまるか。
 そんなガキが、好きなんやけど。応えるわけにはいかない。


「あ、ああ……でもそれから真剣に考えたんだ。兄さん、俺は」

「あーあー、もう言わんでええわ。」

 来客用のソファからこちらに訴える桐生を真島は遮った。

「そうかあ……桐生チャンかあ……。確かに一番好きやしなあ……」

「な、なら」

「あー、あかんあかん、ワシは誰のもんにもなったらあかんねん」


 誰のもんにもなったらあかん。
 それは真島の中に脈々と流れる矜持であった。誰かに絆された瞬間、自分は自分でなくなる。例えそれは渡世の兄弟である冴島であろうと、最後は思いっきり振り切って捨てなくてはならぬ。誰かの飼い犬なんて、例えこの腹の傷から臓物を引きずり出されても断らなくてはならぬ。狂犬であるために。
 桐生のことは好きだが、桐生には狂犬が憑いていると、そう思われるのが嫌だった。逆もまた然り。桐生の申し出を受け入れた瞬間、自分がグズグズに溶けて、いざという時に自分を捨てきれなくなる。そう、わかっているから。


「せやから、触ったあかんで?」


 最後の最後に、ささやかなお土産だけ貰おう。これが終わったらまた元に戻ればいい。


「にいさ……」

「とりあえず、それ出したり」


 桐生の股間はゆるりと立ちあがっていた。