五代目の襲名式の後に、親父の葬儀はそこそこ華々しく。しかしひっそりと行われた。親父は派手好きだったから、盛大に香典をふんだくってもよかったのだが――残念。喪主が俺なのか東城会なのかわからない状態だっただけに、それは止めてしまった。……ただでさえ葬儀屋はヤクザの葬式なんか上げたがらないということで――頼める内輪に頼むしか無かった。

 嶋野組は錦山んとこに吸収されてしまって、俺は直系として上がるしかなかった。看取らず嶋野組を抱えずの俺を、昔から知っている上のモンは散々親不孝やら恩知らずやら囁いた。お前も、俺のことをそう思うか……?


 親父が死ぬなんて、誰がそんな想像できるんだ。


 死んでしまったら、それは死んでしまったやつが弱かったというだけのことだ。俺はそう思っていたし、親父もそう思っていた。
 だけど。自分を育てた親が死ぬ瞬間なんて、その時にならないとわからない。親より先に死ぬ“子”だって、この世界には沢山いる。どちらであっても、無いに越したことはない、その体験は、しかし不可避であった。

 少なくとも“俺は”。俺んとこはそういう葬儀やった。




 コンコン、と厚い扉を軽くない拳で叩いた音がした。真島組の組員は西田をはじめ、真島が落ち込んでいるもんだと思って部屋には寄り付かなくなっている。

「俺だ。……真島」

 “もう一人”が来訪したのは、“両”親父の葬儀が終わった晩のことであった。





 親父の火葬までが終わり、細々とした処理を若衆へ押し付け風堂会館へ戻る。ゆっくりと扉を開き、数十年と守ってきた事務所を見回した。確かに留守を預かることはたくさんあったが、風間新太郎という存在の代わりになるには、俺はまだ何もしていない。
 すべてに突っ掛かり、ギャンギャンと吠えてはチンピラを伸していたあの頃の俺を想う。……不思議と嘆き悲しむような気持ちは湧いてこない。それよりはもう一人、同時に喪に服している彼奴のことを思った。老婆心か。俺よりも彼のほうが悲しんでいる気がした。



――真島組は粛然としていて、若衆は揃いも揃って俺に向かって「お悔やみ」を申し立てた。黒と白の世界。俺もその一人だった。

「なんや。そないしみったれた顔して、ようノコノコ此処まで来れたのう」

 既に組長である真島は、会長室に平然とした顔で座っていた。

「……これからどうするつもりだ」

 同じ黒いネクタイをしながら先程まで幾分か男前な顔をしていたのに、ポカン、と口を開けてこちらを見つめる真島は急に間抜けヅラとも言うべき表情を見せた。……俺と違って表情がコロコロと変わる。真島を愛する人間には、こういうところが“イイ”んだろうな。是非そのままでいてくれ。

「これからって……何や? これから?」
「……東城会を支える古参が何人死んだと思ってんだ。その上五代目は近江からの人間。……組抱えて戦えんのは俺とお前しか居ねぇぞ」

 本当はもっと居る。しかし俺が信頼できる組長は。……コイツしか居ねぇというのも不本意だが、全くもってその通りだった。

「……せやなぁ」

 ぼやいた真島が、思い出したように己のネクタイを引っ張った。

「面倒になってもて、あかんなぁ」

 再びどっかりと、彼の手袋のような滑らかな黒のソファに身を沈める。暫しの間、沈黙が流れた。

 俺たちの親父達は、宿敵であり、同士であり、そして東城会のことを支える大きな柱だった。今度は二人がそれに、成らなくてはいけないのだ。

「柏木さん」

 こちらも見つめず、真島が呼んだ。

「ちょお。……茶も出さんと、すまんな」

 黒革がこちらへ来い、と呼んでいる。大人しく横隣りのソファに着くと、真島はスッと立って酒瓶を持ってきた。


――北雪 佐渡の鬼ごろし。

「おいおい……冗談キツいぞ、お前」

 謂わば喪主二人で「鬼ごろし」とは。15度の大辛口を鬼の前で飲んで殺される気にはなれない。

「……あ? ……相変わらず頭固いなおっさん。ええやないか。これ一緒に飲んでも別に兄弟になったりせえへんぞ」
「そっちじゃねえ。……もういい。心配した俺が馬鹿だった。帰る」

 阿呆らしくて敵わない。少なくとも俺は、しみじみと慰め合うために来たわけではなかった。しかし、ソファから立ち上がろうとした俺の腕を真島は急に掴んだ。

「ちょお待て。……アンタ、心配して来たんか」
「……」

 ぐるぐると丸い一つの目が、スッと横に細められた。……怯むことは無い。怖くも無い。ただ、“いつものような”生温い視線だった。

――ゾク、と背中の毛が粟立ったのを感じる。
 阿呆のままでいてくれればいいのに。急に情が入ったような目を向けないでくれ。

「……寂しい言うたら側にいてくれるんか」

 ずい、と寄る真島に気圧されて、立ち上がる暇を無くしてしまった。

「なあ……お前も俺のこと、薄情やと思っとるんか」

 揃いのネクタイを黒で絡め取られては、俺は、動けそうもない。


「ほんまに飲まんでええんか」

 真島の睨めつけるような視線がテーブルの上の鬼殺しに注がれる。

「……いただこう」

 売られた喧嘩は買わなくてはいけない。親父亡き今、忠犬と狂犬の手綱を引くものはいなくなったのだ。

 真島はニィ、と一度大きく笑みを浮かべると、柏木のネクタイを手放す。早々に立ち上がると、対の盃を手に戻ってきた。

「乾杯。」

 親父の死に。俺たちの時代に。

「乾杯、」

 ぐい、と二人で酒を呷る。たとえ此れが毒でも、一蓮托生、沈みゆく組織で悪足搔きしてやろう。

「てめえが嶋野組を継がないことは、嶋野のおやっさんが一番わかってただろ」
「……」
「嶋野の狂犬はそうそう操れるもんじゃねえ」

 “堂島の龍”だって、最早堂島の手中から抜け出して昇りつめた。“嶋野の”という肩書も、生まれを表すものに変わる。

「柏木さん、」

 呆けたようにテーブルを見つめていた真島が、しんみりしたようにぼやいた。と、突然小さいソファーから抱えあげ、柏木を乱暴に己の座っていたソファーへ投げる。柏木のネクタイを引き抜くと己のネクタイも気怠そうに取り払った。

「やけになるなよ」

 何度も放った忠告だった。
 これまでも真島は何故か柏木のことを抱くことがあったが、その度に柏木はそう忠告してきた。

「やけ、ねえ」

 覆いかぶさった状態の真島の瞳は、ギラギラと燃えている。

「風間のおやっさんが亡くなっても、あんたが俺のモンにはならんっちゅうヤケか……?」

 何、を、言い出すんだ。

「ならんやろ? なあ」

 ぐ、と押さえつける腕に力が籠もる。

「……成る訳がない」



 成る理由もない。風間組は柏木の護る場所だった。

 真島はそれを聞くなり、噛み付くようなキスを寄越した。当然恋慕の意図は見えず、ガチャガチャと交わらない。


 己のものに?……したくもない癖に。ばかばかしい。