いつもよりあたたかく感じる布団の中で、馬場は明日の予定を思い描いていた。いつもより早く起きて、歯ブラシをスーツケースに入れて、成田に向かって、二時間弱飛んで、電車で。――冴島さんの疲れが取れるといいけど。そう、ゴロンと彼の方を向いたときだった。

「、」

 隣の布団の中から、冴島が暗闇の中でじっとこちらを見つめていた。思わず驚いて息を呑んでしまう。

「どうしたんですか、冴島さん」

 子どもをあやすような音色になってしまった。――眠れないんですか?
 すると冴島が片肘で上体を起こし、徐に手を伸ばしてきた。馬場の頬に手を添えると、そのまま口づけを落としてくる。

「ん、な……」

 しばらくお互いの唇の感触を楽しむようなキスが続いた。急なアプローチはいつだって心臓に悪い。

「ん……ふ、ふぁ」

 ずる、とシーツの擦れる音がして、冴島の落とす口づけは少しづつ食むものに変わっていく。苦しさで口を開けると、冴島の舌の侵入を許してしまった。

「あっ……、ちょ、ンッ……」

 逃げる馬場を追い詰めるような、昂りを誘うようなキスに身体は簡単に上気していった。

「ちょ、ちょぉっと……ちょ、ン! さえじまさん!」

 無理矢理に押しやって顔を離すと、少しだけ息を荒げた冴島の吐息が唇にかかった。

「……なんや」
「なんやじゃないですよッ……明日朝早いんですよ?」

 少々怒りを込めて指摘するが、冴島の方がずっと憮然とした態度だ。せっかく干して敷き直した布団も、もう既にもみくちゃになりかけていた。

「……」
「……寝ましょう? 疲れが残っちゃいますから」

 未だに己の上半身を抱えんばかりに覆いかぶさる冴島に向かって、労いの言葉を掛けたつもりだった。しかし突然冴島は馬場の唇へちゅ、と一つ軽いキスをすると、今度は首筋の方へと唇を落としていった。

「ちょっ、もっ……冴島さ、」

 汗の滲み出した肌を、冴島が舐めては噛み付いていく。馬場はその度に小さく悲鳴を上げて身体を揺らすしかできなかった。冴島は苛立ったように掛け布団を剥がすと、煩わしそうに馬場のTシャツを捲し上げる。乳首で感じるようになったのは最近のことだが、どちらが開発したのかは曖昧にされている。丁寧にペロペロと舐めあげられたかと思うと、かりっと牙を立てられ馬場はガタガタと下半身を揺らした。
 とうとう布団など意味が無くなってしまった。

「せやけど、準備したやろ?」

 怒っているのかと思われる低さで冴島が口に出した。Tシャツを剥いで、スラックスを下ろすと、馬場の中心は既に勃ち上がっている。

「し、しましたけど……それは条件反射で」

 今夜お前を抱く。先に風呂を上がった冴島が爪を切るのはそういうことだった。

「条件反射で。」

 冴島はそう繰り返すと、ぐいっと馬場の腰を抱え上げた。

「条件反射で、どないしてここを洗ったんや……?」

 いつも冴島を受け入れている穴に顔を寄せると、至近距離で見つめる。軽く突くと簡単にひくついた。

「ちょっ、ああ、」

 冴島は馬場の腰の下へ己の膝を入れると、乱暴な所作でローションを引き寄せる。一刻も早くそこに入れたかった。

「あッ、や、やだ、」

 嘘ばっかり。馬場の穴はやはりすんなりと冴島の指を許した。ゆっくり、ぐちぐちと広げながら進む。つるつるとしていて、やはり綺麗なのだ。もう必要がないとしても、前を扱きながら広げてやる。快感に溺れる馬場はこんなにも美しい。

「あっ、ン、ンンッ……ああ、ア、」

 馬場は快感を逃がそうと腰をくねらせたが、冴島にとってはもう煽っているようにしか見えない。冴島の身体もやはりカッと照って、収まりがつかなくなっていた。三本。三本入れたら。早くシたい。ぐちゃぐちゃに掻き回してイかせてやりたい。

「……えらいすんなり入るようになってしもた」

 冴島の嗜虐心がそう吐かせた。羞恥で黙る馬場ちゃんを見たかった。

「や、そ、それはっ……冴島さんの、大きさですからッ、あッ……!」
「、お前……」

 俺の恋人はなんでこんなに。身体中の血管が広がり、もうこんなこと無意味だと頭が叫んだ。行為中の動きが乱暴になってしまうのは、こんなにも簡単に余裕を奪う相手のせいだ。冴島は急いでゴムを付けると有無を言わさずに馬場のナカへ侵入した。

「あああッ……お、おも、ううう、大きい……ひ、」

 冴島は馬場の肩を掴むと上半身を起こし、自分の膝の方へ乗せる。

「やッ……! ヤダッ! ふ、ふか、アア……」

 そのまま足を伸ばすと対面座位の状態に抱え上げた。ガツガツと動くこともできるが、その悲鳴と奥まで入った快感に一度動きを止めて小休止する。馬場は勝手に軽くイってしまったようで、ガタガタと足が震えナカは驚くほどにうねっていた。汗で滑る身体を抱きとめて、二人は肩で荒く呼吸を繰り返す。

「さえじまさ……」

 冴島の肩に抱きついた馬場が、左の耳元でか細く名を呼んだ。

「……」
「……すき、です」

 執着心がさあっと音を立てて引いていった。愛おしい、守りたい、わかってる、囲ってしまって離したくない。なんと言えばいいかわからずに、冴島は強く馬場の身体を抱いた。馬場が安心したようにもう一度腕に力を込めると、今度こそ労るように律動を始めていく。

「ンッ…ああ、あ……」

 軽やかな嬌声が左耳に注がれる。心底気持ちよさそうな音色で、冴島の熱もどんどん上がっていった。

「……は、」
「あッ……ンン、ん」

 ナカも、全部、ドロドロだ。できるだけ長く、とは思ったが、先程からさんざん煽られたせいで冴島も一突き一突きに最高潮の快感を拾ってしまっていた。二人の肌が泡立つ。

「さえじまさ、やば、ああ、」
「……」

 肩でしか息ができない。もう、全て食べてしまいたい。

「さえじまさ、ンンッ! んん、ふぁ、ンッ……!」

 限界が近づいて、思い切り馬場の口に噛み付いた。二人でこのまま窒息死するのも結構。すべて奪ってしまいたかった。

「ンンッ……! あ、ィく、ああッ……ん、ンンン!」

 口づけに耐えられなくなったようで馬場は思い切り身体を反らすと、バタバタと足を揺らした。言葉にならない呻きを真っ赤になった喉仏から奏でている。ぎゅ、という締め付けを感じて冴島もそのナカに射精した。




 §



 次の日、二人はやはり予定より遅れて月見野の地に立っていた。朝に連絡を貰ったといえど、日村はぶつくさと文句を垂れている。

「久しぶりにみんなで会えるって日に、遅刻しますかね? おかげさまで二時間も無駄になっちゃいましたよ」

 久しぶりの月見野は季節が違っているせいか当時よりも素朴に見えたが、そこに集まったメンバーは何も変わってはいなかった。

「まあまあ、冴島さんは偉い役職に就いてるんだから。昨日も仕事だったんでしょ?」

 大島のフォローに、馬場と高坂が揃って苦笑いをした。

「そうやなあ」

 冴島はのんびりと答える。

 結局あの後、時計を見て悲鳴を上げた馬場が冴島を引っ張って二人でシャワーを浴び直した。乾燥まで終わっていた服を引っ張り出してまた汗まみれになった服を入れて。朝は案の定思うように身体が動かず、飛行機で寝て、電車で寝て。とんだ旅行のスタートになってしまった。

「まあいいや。そんなことより、わざと食べるの我慢してたんだけど。 前々から話してたスープカレー食べに行ききましょうよ」
「お、新しくできたところだろ? いいねえ期待高まるねえ」
「ジンギスカンは夜でいいよね?」
「ああ。かまへん」
「じゃあそこ行こうよ!」

 連れ立って歩く月見野には、あの頃の。冬の匂いがし始めていた。