食事が終わり、峯もシャワーを浴びてきた。スーツじゃない峯は本当にただのいいあんちゃんだ。……いや、それは俺といるからか。相変わらず眉間に皺はあるから、外だとそうもいかないのかもしれない。
 そう考えても、峯は鉄壁の防御を持った男だ。こんなに親しい俺とでも、外では基本的に気を緩める瞬間がない。恥ずかしいときはあの怒った表情を見せるし。……しげしげと眺めてしまったが、風呂上がりの峯は濡れた前髪を後ろに撫でつけ、溢れ出る色気がとどまるところを知らない。
 峯はそのまま冷蔵庫に向かい、水を取り出すようだった。

「大吾さん」

 ミネラルウォーターに口をつける前に俺の名前を呼ぶ。

「見過ぎです」

 ニヤリと笑われ、カッと自分の身体が火照ったのがわかった。そのまま水を飲む峯から目も離せずにいたが、峯が先に振り向いてくれたから、無理矢理目を逸らしてソファーにダイブした。
 ――心臓に悪い。こんなこと続けられたら確実に寿命が縮む。
 しばらく突っ伏していたが、その間に峯はすぐ側まで寄ってきていた。

「大吾さん」

 峯の低い声が、近くで聞こえた。どこか人を見下すような声色だと言う人がいたが、俺はこの声が好きだ。

 ちゅ、と音を立てて右耳にキスをされた。
 そのまま俺が動けないでいるのをいいことに、耳の裏、首筋とたくさん口付けられる。

「くすぐったい」

 勢いよく振り返り、目を見て抗議したが、峯は気をよくしたのか真正面からまた顔や首にたくさんキスの雨を降らせた。

「くすぐったいってば、やめろ峯」

 思わず笑ってしまい、本気で抵抗している訳じゃないこともバレてしまっている。

「まて」

 何も考えずに口から命令が飛び出す。実際、峯の動きはピタッと止まった。

「犬みたいだ」

 ――大型犬だ。
 寝っ転がっていたところから起き上がり、座り直すと峯は隣に座りこちらを見つめた。穏やかな表情をしている。眉が下がりっぱなしだ。

「俺は別に犬でも構いませんよ」

 そっと俺の手に、同じくらい大きな手を重ねてきた。……お手のつもりか。

「俺は困る」

 きゅうん。峯の眉が更に下がり、悲しんでいるのがわかる。

「峯が犬じゃ困る」

「それは……やはり俺が大吾さんをお守りできなくなるからですか」

「ちがうちがう!……お前、時々すごいアホだよな」

 勢いよく訂正するが、余計な尾ヒレがついてしまった。しかし峯は怒った様子はなく、首を傾げて不思議そうにしている。

「……ではやはり、金……」

「あー……アホだ」

 先ほど言ったことを謝ろうと思ったのに、峯は更に間違った道に突っ込もうとしている。今度は心の底から同じ言葉が出てきた。これには峯も若干ムッとしたらしく、いつもの位置に縦皺が入った。

「峯、俺の言葉を、そのままの意味で受け取れ」

「……はい」

 峯は頭が良いから、深読みしすぎて勝手に落とし穴にハマる時がある。極端な思考に、危なっかしいなと、でも、すごくかわいいなと思ってしまう俺がいる。

「俺は、もしお前がお金や今の立場を持っていなくても好きだ。きっかけは何であれ、それはただのきっかけであって、今そうじゃなくなっても俺が峯を手放す筈はないんだ」

「……はい」

「例えば俺が記憶もないまま子供になったら、峯はそれでも俺の面倒を見てくれるだろ?」

「……」

「……峯、そこは自信を持ってはいと言ってくれ」

「……すみません……子供は少々苦手で」

 峯は俺に酷く悪いことを言っていると思ってるんだろう。グギギギと音がなりそうな表情の固さで謝るもんだから、思わず吹き出してしまった。

「わかったわかった。俺が悪かったよ」

 ただの例え話だが、正直に言ってくれたことに嬉しくなってしまう。それに、俺は峯がまだ自分のことを理解できていないんだと思っているから。
――つくづく甘やかしてしまっているのは、わかっている。

「ただ、大吾さん」

「ん?」

「どんな時でも、側にいます」

「……ああ」

 どんな時でも、か。

 どちらからともなく顔を寄せ合う。峯はキスの前にこちらをじっと見るのが好きだが、俺はそんなに至近距離で峯の顔を見られないので、いつもこちらから急いで口づけてしまう。

「峯」

「はい」

「はやく」

 いつだって、最後に催促してしまうのは俺の方だ。峯はそのまま俺をお姫様みたいに抱えあげてベッドへ運んでいく。
 ――笑ってしまう。大のおとなが優しげに抱え上げられてベッドに運ばれる様は絶対に滑稽なのに、抱えている方がこんなに頼もしい王子様だという不釣り合いが。何も運ばなくてもいいのに。歩かせてくれ。

 ケラケラと笑っている俺でも、ベッドに横たえたあとに向けられた峯の真剣な眼差しに思わず黙ってしまった。テーブルランプの光でできた暗がりから、獣がこちらを伺っている。


 ――明日は何をしようか。
 温かくキスを降らせる恋人の、柔らかな髪を触りながら俺はそっと目を閉じた。






Fin.