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「いっぱい旅をしたね。世界まで越えちゃって……その中で、わたしは、この世界に生きる人たちのことを知ってしまった。だからわたしは、ミトスくんを選べない。そしてミトスくんも、わたしやジーニアスではなく、四千年ずっと追い求めたマーテルさんを選んだ」

よんせんねん。音にしたら、たった六文字。
けれど、実際には想像もできないくらい、途方もない時間。
わたしのことなんて忘れてしまっても当然なくらい、長い時間。
それだけの長い間、彼はマーテルさんを選び続けた。世界よりも、かつて夢見たことよりも、何よりも。それはもしかしたら当然のことだったのかもしれない。あの時、大樹の前で約束をした時も。彼は、わたしやマーテルさんのためにって、言い出したから。たとえ世界が平和になっても、そこにマーテルさんがいないのなら……最初から、意味のない約束、だったのかもしれない。

「この選択を、わたしはわたし自身で選んだ。いっぱい悩んで、悩んで、選んだ。この選択の責任をわたしは取らないといけない。……最後まで、戦わないといけない」

彼は、ずっと。マーテルさんを選んだ。最初からずっと。大好きな人と一緒にいるために頑張る男の子でしかなかった。
わたしだって、これまで選んできたことを後悔しないために、責任を持つために、最後まで貫かなければと思うのだ。それなら、ミトスくんが四千年選んできたものの責任を取るために、最後までマーテルさんを選び続けるのは当然だ。
当たり前なのだ。選んでもらえなくて。
わたしも彼を選べない。彼もわたしを選ばない。それだけのことを認めたくなくて……今だって、もっとうまくやれなかったのかなって思うくらい、未練ばかりだけど。
わたしは、この道を選んだことを、後悔してはいけない。いけないのだ。

「でも、きっとこの先に、あの日二人と約束した未来がきっとあるって、信じてる。だから……ちゃんと、前を向くよ」

前を向く。戦う。歩く。
それは、誰かを傷つけるとか、そういうことじゃなくて……自分たちの信じるものをぶつけあうって、ことで。それは、自分の気持ちを知ってもらうためにも、相手の気持ちを知るためにも、必要なことだって、みんなが教えてくれたから。
前を向いて、歩くこと。ちゃんと、相手を見て、戦うこと。自分が選んできたことを後悔しても、苦しくても、許せなくても。その気持ちに正直になって、たまに立ち止まってしまうことがあったとしても。泣いても、怒っても、笑っても。何をしてもいいから。
最後は、ちゃんと前を向いて。自分の足で歩いていくこと。
その大切さを、強さを、わたしは、みんなに教わったから。

「わたしは今も、これからも、ミトスくんが好き。だから、彼と夢見た世界を目指して、頑張る。ミトスくんのこと、絶対に忘れない。忘れない限り、ずっと一緒にいるはずだから」

だから、前を向くよ。
そう、まっすぐにロイドを見て伝えれば、彼はそっか、と優しく笑ってくれる。
頑張れとも、きっとできるとも言わない。それが何よりも、わたしを信じてくれる証拠だった。信じてるって、大丈夫だよって、言ってくれることと同じだった。

彼は、顔を上げる。
かつてわたしが大好きになったミトスくんにそっくりな、けれど全然違う、強くてまっすぐで優しい目をした彼は、ここにはない大樹を見上げるように、顔を上げた。

「……俺さ。この旅が終わったら、また別の旅に出るんだ」
「帰らないの?」
「ああ。これが終わったら、エクスフィアを探して回収する旅に出ようと思う。こいつらにはすごい助けられたけど、やっぱり、誰でも手が届く場所にいるわけにはいかないって思うから」

だから世界中を回って、エクスフィアを探して回収する、と。これまた途方もない夢を語る彼だけれど、その瞳に不安も翳りもない。
ある意味感謝の気持ちなんだ、と笑うロイドに、わたしもそっか、と笑った。

「なんか前はさ、船を作って、それに乗って平和な世界を旅して……って夢を見てた。そしてその船に、俺は……」

その夢の話は、わたしも覚えている。旅の途中でも話していたから、途切れた言葉の先に誰の名前があるのかも、なんとなくわかった。
かつての夢はもう、叶わないだろう。そのことに少しだけ寂しそうにした彼だけれど、それで終わらせないでくれるのがロイドだ。寂しい夢も、彼はまるで全部が宝物みたいに大事に抱えてくれるから。
だからわたしたちは彼に希望を見てしまうのだ。彼の姿に勇気づけられてしまうのだ。きっと大丈夫。きっと、わたしたちは変わっていけるって。世界は今より良い方向に歩めるって。

「あの時そのままの夢は、もう叶うわけがないとしてもさ。俺は、そういう夢を見たこと、忘れない。そんな夢を見て生きた俺は消えない。だから、俺以外の奴にも消えてほしくない。みんなに生きていてほしい。……ミトスだって、この世界にいてよかったんだ」

それは以前にも言っていた言葉だ。
実現することは、できなかったけれど。それでも、そう思ってくれたことが嬉しかった言葉。

「あいつがしてきたことを許すことはできないけど、あいつはジーニアスの友達でナギサの大事な奴だ。償うことは出来るはずだから。それを手伝ってやるぐらい、訳なかったさ。……いまさら、だけどさ」

結局、戦って決めることしかできなかったしな、と眉を下げる彼に、わたしは静かに目を閉じる。
……そう。どれだけ綺麗なことを思い描いて、それに向かって走っても。叶わないことは、たくさんある。相手だって意志のある人だから、わたしの願う通りになんて動いてくれない。
でも、だからって分かり合うこと努力をやめたくはないし、前を向くこともやめたくない。自分で決めて、自分の人生を、ちゃんと生きたい。
……そういう人に、わたしはなりたい。そんな風に、変わりたかった。

「……わたしは、約束、ひとつも叶えられなかった。だから、ロイドは、後悔しないでね」

戦うことをやめないで。なんて。わたしが言える言葉じゃないし、わたしが言わなくても、彼はずっと戦ってきたけれど。
今度戦わないといけない相手は、ロイドのお父さんだ。きっと本当なら戦いたくないって思っている相手だと思う。だからこそ……後悔だけはしないでほしかった。